小話色々。只今つり球アキハルを多く投下中です、その他デビサバ2ジュンゴ主、ものはら壇主、ぺよん花主などなど
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同棲設定壇主ですよ
濡れた髪にタオルを被せ、入浴を終えた七代は居間に向かった。
居間は電源がつけられたテレビがニュースを流している。先に風呂から上がっていた燈治が横になってそれを見ているようだった。
「燈治さーん。お風呂からあがったからおやつ……」
冷凍庫にしまったアイスクリームを食べてもいいか聞きかけた七代は、途中で言葉を止めた。気配を感じればすぐこちらを向く燈治が、テレビを見たままの状態から動かない。
この反応は、おかしい。
「燈治さん?」
七代はそっと足音を忍ばせて燈治の後ろで膝を突いた。そして身を乗り出し、顔を覗き込む。
燈治は、寝ていた。自分の腕を枕代わりにし、もう片方の手でリモコンを持ったまま規則正しい寝息を繰り返している。
「……明日久しぶりの休みだから、気が緩んだんですかね?」
燈治は割と忙しい毎日を送っている。大学での課題やドッグタグのバイト。家に帰ったら、食事作りをはじめとする家事もしている。こんなに近くにいるのに目を覚まさないのだからよほど疲れたんだろう。
二人で住んでるのだし、負担も二人で分けよう。
そう七代が手伝いを申し出ても、任されるのは洗濯物を取り込んだり、部屋の掃除をしたり、と無難なものばかり。そして台所には絶対立たせてもらえない。
「おれの料理の腕前が下手なことは認めますけど、だからって全部しようとするから、疲れが貯まりやすくなるんですよ、もう」
不満を呟き、七代は寝てしまった燈治の頬を指先で突く。
燈治は相変わらず眠りの中から動こうとしない。
とりあえず七代は燈治の手からリモコンを細心の注意を払って抜き取り、テレビの電源を落とした。一旦部屋を出て、寝室から毛布を持ってくる。いくら燈治でも何もかけないままでは調子を崩してしまう。
こっちがしてもらっているように、抱き上げて寝室までつれてゆければ良いのだけれど。悲しいかな燈治を抱える筋力を、七代は持ち合わせていなかった。
よいしょ、と七代は燈治に毛布を優しく掛けた。そして今度は向かい合うように七代は腰を下ろす。
最近はベッドの上で見上げるばかりだった顔を、見下ろした。手を伸ばし、まるで子供にするように眠る燈治の頭を撫でる。
七代の隣に立つと宣言し、そのための努力を怠らない燈治。その思いを一心に受け、七代は愛されてるなと実感する。だから、こうして疲れて眠る姿すら、愛しく思えて。
「…………だいすき、ですよ」
口を微かに動かし声にならない言葉を紡いだ七代は、そっと前かがみになって、燈治の頬へ唇を落とした。
軽く触れただけの唇は直ぐに離れ、七代の頬には朱が走る。風呂に入ったばかりなのに、余計熱くなってしまった。今燈治の目が覚めてしまったら、恥ずかしさに部屋の端でうずくまってしまいそうだ。
顔を見られないためにも、七代はそそくさと燈治と一緒の毛布に潜り込む。体温が高いから、湯たんぽ代わりになるだろう。
燈治に身を寄せ、七代はそっと瞼を閉じた。ラグを敷いただけの床は堅い。けど、燈治の体温が七代の思考をゆっくり眠りの波へ誘っていった。
濡れた髪にタオルを被せ、入浴を終えた七代は居間に向かった。
居間は電源がつけられたテレビがニュースを流している。先に風呂から上がっていた燈治が横になってそれを見ているようだった。
「燈治さーん。お風呂からあがったからおやつ……」
冷凍庫にしまったアイスクリームを食べてもいいか聞きかけた七代は、途中で言葉を止めた。気配を感じればすぐこちらを向く燈治が、テレビを見たままの状態から動かない。
この反応は、おかしい。
「燈治さん?」
七代はそっと足音を忍ばせて燈治の後ろで膝を突いた。そして身を乗り出し、顔を覗き込む。
燈治は、寝ていた。自分の腕を枕代わりにし、もう片方の手でリモコンを持ったまま規則正しい寝息を繰り返している。
「……明日久しぶりの休みだから、気が緩んだんですかね?」
燈治は割と忙しい毎日を送っている。大学での課題やドッグタグのバイト。家に帰ったら、食事作りをはじめとする家事もしている。こんなに近くにいるのに目を覚まさないのだからよほど疲れたんだろう。
二人で住んでるのだし、負担も二人で分けよう。
そう七代が手伝いを申し出ても、任されるのは洗濯物を取り込んだり、部屋の掃除をしたり、と無難なものばかり。そして台所には絶対立たせてもらえない。
「おれの料理の腕前が下手なことは認めますけど、だからって全部しようとするから、疲れが貯まりやすくなるんですよ、もう」
不満を呟き、七代は寝てしまった燈治の頬を指先で突く。
燈治は相変わらず眠りの中から動こうとしない。
とりあえず七代は燈治の手からリモコンを細心の注意を払って抜き取り、テレビの電源を落とした。一旦部屋を出て、寝室から毛布を持ってくる。いくら燈治でも何もかけないままでは調子を崩してしまう。
こっちがしてもらっているように、抱き上げて寝室までつれてゆければ良いのだけれど。悲しいかな燈治を抱える筋力を、七代は持ち合わせていなかった。
よいしょ、と七代は燈治に毛布を優しく掛けた。そして今度は向かい合うように七代は腰を下ろす。
最近はベッドの上で見上げるばかりだった顔を、見下ろした。手を伸ばし、まるで子供にするように眠る燈治の頭を撫でる。
七代の隣に立つと宣言し、そのための努力を怠らない燈治。その思いを一心に受け、七代は愛されてるなと実感する。だから、こうして疲れて眠る姿すら、愛しく思えて。
「…………だいすき、ですよ」
口を微かに動かし声にならない言葉を紡いだ七代は、そっと前かがみになって、燈治の頬へ唇を落とした。
軽く触れただけの唇は直ぐに離れ、七代の頬には朱が走る。風呂に入ったばかりなのに、余計熱くなってしまった。今燈治の目が覚めてしまったら、恥ずかしさに部屋の端でうずくまってしまいそうだ。
顔を見られないためにも、七代はそそくさと燈治と一緒の毛布に潜り込む。体温が高いから、湯たんぽ代わりになるだろう。
燈治に身を寄せ、七代はそっと瞼を閉じた。ラグを敷いただけの床は堅い。けど、燈治の体温が七代の思考をゆっくり眠りの波へ誘っていった。
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エンディング後 同棲設定です。
ほんのりエロ注意
深夜。
台所に立っていた燈治は、戸棚からインスタントコーヒーを取り出した。流し台に置いていたマグカップにスプーンでそれを掬い入れる。砂糖とミルクは後で七代が自分の好みに合わせて加えるだろう。
燈治は視線を風呂場に向けた。聞こえる水音は、七代が使っているシャワーの音。どうやらまだ後始末をしているらしい。絶えず聞こえてくる音にのぼせなきゃいいけどな、と燈治は心配する。
セックスの後、燈治は一度だけ風呂を共にしたことがあった。身体がだるいと頻りに嘆く七代が少しでも楽になれば、と後始末を手伝ったが、それきり事後の入浴に誘われなくなった。
――燈治さんの場合、後始末って言うよりもっと散らかしているようなもんですよ。
その時七代に言われたことを思いだし、燈治は渋い顔をする。
最初から、しようとは思ってなかった。ただ身体の内側に残る性交の残滓を取り除いてやりたい。出してしまったのは自分なのだと、思っていたが。
掻き出すときの指の動きや、中に進入する湯の感触に反応する七代は艶めいていて。白く濁った水と共に、なけなしだった燈治の理性もあっけなく流された。
七代からすれば、セックスの後の風呂を拒否するのは当然の結果なんだろう。だが、長く風呂にこもっていられると、それはそれで逆上せたんじゃないかと心配になる。
ポットの湯が沸いたら、様子を見に行くか。湯を沸かすポットを見つめる燈治の横で不意に「燈治さん?」と声がする。
タオル一枚の七代が、燈治の横に立っていた。もう一枚のタオルを、濡れた頭に被せ「どうしたんですか、ぼおっとして」と言った。
「…………お前な」
首筋や胸、腹部につけられた鬱血の痕を惜しげもなく晒す七代に、燈治はがっくりと肩を落とした。
燈治は首を傾げる七代の額を力の加減もせずに弾く。頭が仰け反り、七代は「いきなりなにするんですか」と弾かれた部分が赤くなった額を押さえて抗議する。
「いいからとっとと着替えてこい!」
「燈治さんのイジメっこー」
クローゼットがある隣の寝室をびっと指さす燈治に、七代は文句を垂れながら扉を開けて引っ込んでいった。
アイツの基準がわからない。溜め息を吐いて燈治は思う。情事やその後の風呂ではとにかく恥ずかしがっていたのに、今みたいな風呂上がりでは平気で人に裸を晒す。
一度、腹を据えて話し合ってみる必要があるかもしれない。そう考えながら、燈治は仕事を終えたポットを傾け、マグカップに湯を注いだ。
インスタントコーヒーの香りが台所に漂う。
「あ、コーヒー」
Tシャツに短パンの出で立ちで戻ってきた七代は、鼻をひくひくさせて燈治の隣に立った。
「今日は?」
「風呂上がりはやっぱりコーヒー牛乳ですよね」
笑顔で答えた七代に「へーへー」と燈治は冷蔵庫から牛乳を出した。牛乳で割るには注いだ湯の量が多く、燈治は仕方なしにもう一つマグカップを出して、こぼさないよう半分に分ける。
できあがったコーヒー牛乳を差しだそうとして、ようやく燈治は七代の着ているTシャツの柄に目がいった。
「……おい」
「はい?」
「俺の記憶が確かなら、それは俺のTシャツじゃないか?」
「燈治さんのTシャツですよ?」
あっさり七代は認める。
「だって、探すの面倒だから、すぐそこにあった燈治さんのTシャツをお借りしました!」
「汗くせえぞ、それ」
七代が拝借したのは、燈治が今日一日着ていて性交の時脱ぎ捨てたシャツだ。当然綺麗ではない。しかし七代は首を振って「燈治さんならいいんです!」となぜか自慢たっぷりに胸を反らす。
「変態くさいな、それ。……ま、お前がいいならいいけどな」
ほらよ、と燈治は二つあるマグカップの片割れを七代に渡した。もう片方を自分の右手に持って、電気ポットのコンセントを抜く。
「で、どこで飲むんだ?」
「ご飯食べる部屋でまったりしてればいいんじゃないですか。どうせベッドは使えないんですし」
「……後で布団敷くか」
明日は洗濯が大変だな、と燈治は思いながら寝室とはまた別の部屋に続く扉を開けた。
中身をこぼさないようマグカップを両手で持っていた七代が燈治を振り返って言った。
「この時間、映画やってるんですけど、見ます?」
「その前に天気予報を見てからな」と燈治が答え、部屋の扉を閉めた。
ほんのりエロ注意
深夜。
台所に立っていた燈治は、戸棚からインスタントコーヒーを取り出した。流し台に置いていたマグカップにスプーンでそれを掬い入れる。砂糖とミルクは後で七代が自分の好みに合わせて加えるだろう。
燈治は視線を風呂場に向けた。聞こえる水音は、七代が使っているシャワーの音。どうやらまだ後始末をしているらしい。絶えず聞こえてくる音にのぼせなきゃいいけどな、と燈治は心配する。
セックスの後、燈治は一度だけ風呂を共にしたことがあった。身体がだるいと頻りに嘆く七代が少しでも楽になれば、と後始末を手伝ったが、それきり事後の入浴に誘われなくなった。
――燈治さんの場合、後始末って言うよりもっと散らかしているようなもんですよ。
その時七代に言われたことを思いだし、燈治は渋い顔をする。
最初から、しようとは思ってなかった。ただ身体の内側に残る性交の残滓を取り除いてやりたい。出してしまったのは自分なのだと、思っていたが。
掻き出すときの指の動きや、中に進入する湯の感触に反応する七代は艶めいていて。白く濁った水と共に、なけなしだった燈治の理性もあっけなく流された。
七代からすれば、セックスの後の風呂を拒否するのは当然の結果なんだろう。だが、長く風呂にこもっていられると、それはそれで逆上せたんじゃないかと心配になる。
ポットの湯が沸いたら、様子を見に行くか。湯を沸かすポットを見つめる燈治の横で不意に「燈治さん?」と声がする。
タオル一枚の七代が、燈治の横に立っていた。もう一枚のタオルを、濡れた頭に被せ「どうしたんですか、ぼおっとして」と言った。
「…………お前な」
首筋や胸、腹部につけられた鬱血の痕を惜しげもなく晒す七代に、燈治はがっくりと肩を落とした。
燈治は首を傾げる七代の額を力の加減もせずに弾く。頭が仰け反り、七代は「いきなりなにするんですか」と弾かれた部分が赤くなった額を押さえて抗議する。
「いいからとっとと着替えてこい!」
「燈治さんのイジメっこー」
クローゼットがある隣の寝室をびっと指さす燈治に、七代は文句を垂れながら扉を開けて引っ込んでいった。
アイツの基準がわからない。溜め息を吐いて燈治は思う。情事やその後の風呂ではとにかく恥ずかしがっていたのに、今みたいな風呂上がりでは平気で人に裸を晒す。
一度、腹を据えて話し合ってみる必要があるかもしれない。そう考えながら、燈治は仕事を終えたポットを傾け、マグカップに湯を注いだ。
インスタントコーヒーの香りが台所に漂う。
「あ、コーヒー」
Tシャツに短パンの出で立ちで戻ってきた七代は、鼻をひくひくさせて燈治の隣に立った。
「今日は?」
「風呂上がりはやっぱりコーヒー牛乳ですよね」
笑顔で答えた七代に「へーへー」と燈治は冷蔵庫から牛乳を出した。牛乳で割るには注いだ湯の量が多く、燈治は仕方なしにもう一つマグカップを出して、こぼさないよう半分に分ける。
できあがったコーヒー牛乳を差しだそうとして、ようやく燈治は七代の着ているTシャツの柄に目がいった。
「……おい」
「はい?」
「俺の記憶が確かなら、それは俺のTシャツじゃないか?」
「燈治さんのTシャツですよ?」
あっさり七代は認める。
「だって、探すの面倒だから、すぐそこにあった燈治さんのTシャツをお借りしました!」
「汗くせえぞ、それ」
七代が拝借したのは、燈治が今日一日着ていて性交の時脱ぎ捨てたシャツだ。当然綺麗ではない。しかし七代は首を振って「燈治さんならいいんです!」となぜか自慢たっぷりに胸を反らす。
「変態くさいな、それ。……ま、お前がいいならいいけどな」
ほらよ、と燈治は二つあるマグカップの片割れを七代に渡した。もう片方を自分の右手に持って、電気ポットのコンセントを抜く。
「で、どこで飲むんだ?」
「ご飯食べる部屋でまったりしてればいいんじゃないですか。どうせベッドは使えないんですし」
「……後で布団敷くか」
明日は洗濯が大変だな、と燈治は思いながら寝室とはまた別の部屋に続く扉を開けた。
中身をこぼさないようマグカップを両手で持っていた七代が燈治を振り返って言った。
「この時間、映画やってるんですけど、見ます?」
「その前に天気予報を見てからな」と燈治が答え、部屋の扉を閉めた。
君にまつわる20題から
千馗君は柔らかな表情で笑う。
例えるなら、冬の冷たく厳しい空気の中、地面に落ちた日溜まりのような。そこに足を踏み入れると、ほっと心が緩む暖かさに似ている。私はそれと同じものを千馗君にいつも感じていた。
私は、千馗君の笑顔が大好きだ。だから、いつも封札師や呪言花札のことで一杯頑張っている彼の笑顔が疲れで曇らないよう、その為に私の《力》はあるんじゃないかなって、思っている。
だけど、千馗君の笑い方にはもう一つ種類がある。それはある人の前でしか見せないもの。
私は偶然それを見てしまう機会があって、彼もそんな風に笑うことがあるんだと吃驚してしまった。
いつだっただろう。そうだ、部活が終わり、教室に置いていた鞄を取りに戻ろうとしたときだった。
いつもだったら誰もいないはずの時間。だけど、その時は珍しく誰かの声がした。聞き覚えのあるそれに、私の胸は弾む。
--千馗君だ。
部活も終わったし、この後の用事もない。私は彼と一緒に帰ることを思いつく。千馗君は甘いものが好きだから、帰りにドッグタグに寄って、フレンチトーストを食べて、楽しくお話して。そんなことを考えて、どう誘おうか考えていると、今度は千馗君とは違う声が聞こえた。
こちらも私にとっては馴染みのあるもの。
「……壇君もまだ教室に残ってたんだ」
珍しいと私は思う。壇君は学校が終わると、すぐに下校してしまうのが殆どだったから。
二人が一緒なのは珍しくないけれど。
入るタイミングを見失い、立ち止まった扉の向こうから話し声が聞こえる。
「……ですから、ブラックなコーヒーもなかなか乙なものなんですよ。飲まず嫌いしてたら、これからもっと美味しいもの飲めなくなっちゃいますよ」
「だからっ、飲めないとは言ってねえだろ」
ムキになって壇君が反論するけど、千馗君はくすくすと笑っている。
「でもおれ、今まで壇がブラックなコーヒー飲んだところ、見たことないんですけどねぇ」
「ぐっ……」
言葉に詰まる壇君に「ふふふっ」と千馗君が楽しそうに声を弾ませた。柔らかく優しそうなのはいつものことだけど。どうしてだろう。私や巴--他のみんなに向けるものとはちょっと違う風に感じた。
今の千馗君は、どんな風に笑ってるんだろう。いけないことだと思いながら、私はそっと扉を薄く開けた。ここで私が入ったら絶対に見れないものだから、見つからないように息を殺して覗く。
二人は窓側の一番後ろ--壇君の席の辺りで話していた。千馗君が開いた窓の桟に座って、壇君が彼の前に立っている。こっちに背中を向けている壇君の表情は見えない。けど声が笑っているから、その顔も同じように笑顔を千馗君に見せているんだろう。壇君は彼といるようになってから、本当に笑うことが多くなった。
そして彼と話す千馗君は--。
「……」
壇君と話す千馗君の顔を見て、私の胸はとくりと高鳴った。
彼もまた、壇君と同じように笑っていた。だけどその笑顔は私や巴に見せるものとは少し違う。
とても、愛おしそうな眼をしていた。見ているだけで、壇君のことが好きなんだって分かる顔。
二人の時にしか見せない顔なのかな。私がいるときに、千馗君が今のような顔で笑うところを見たことなかった。
「こんなんじゃまだまだですよ、壇」
「ったく、減らず口を叩きやがって……」
ふと会話が途切れた。
誰もいない、静かな教室。
壇君の腕が千馗君に伸ばされる。ほっぺたに掌を当てて、自分の顔を彼に寄せた。
「……!」
何をしているのか、こういうことには鈍い私にもすぐ分かった。これ以上見ていちゃいけない気がして、私は扉を閉めることも忘れ、その場を後にした。
廊下の端っこで私はようやく止まった。胸に押さえた手に、心臓のドキドキが伝わってくる。
ビックリした。
あれって……やっぱりキス、してたんだよね。千馗君と壇君って、つき合ってるのかな?
そんな疑問が私の中に浮かぶ。だけど答えなんて考えるまもなく、明白だろう。
千馗君が、あんな笑い方をするんだから。とても壇君のことが好きなんだって彼を映す眼が言っていた。
誰にでも優しく笑いかける千馗君。だけど、あんな風に笑うのは、壇君の前だけなんだ。
ちょっと悔しい……かな。でも、ちょっと嬉しい。
だって、もしかしたら見れなかった、千馗君のいつもと違う表情。壇君しか見れないものなのに、それを私も知ることが出来た。
……なんて、怒られちゃうかな。見たといっても、盗み見たんだし。
「……鞄、どうしようかな」
私の鞄は教室に置いてある。だけど、二人がいるうちに取りにいけない。私はどうしようと考えて――もうしばらく待とうと思った。
邪魔しちゃいけないことってある。たぶん、さっき見たものも、そうしちゃいけないものなんだ。
私は後ろを振り返る。まだ、あの教室に二人はいるだろう。だから私はすぐ近くの階段を下りる。三階の廊下を通って、反対側の階段を上がろう。あちら側には巴のいる生徒会室がある。
このまま教室の前を突っ切っていけば早いのだろう。だけど、弥紀はあえて遠回りを選んだ。だって教室の前を通ったら、絶対ドキドキして顔が赤くなるだろうから。
それを巴に指摘され、誤魔化す自信が今の私にはなかった。
千馗君は柔らかな表情で笑う。
例えるなら、冬の冷たく厳しい空気の中、地面に落ちた日溜まりのような。そこに足を踏み入れると、ほっと心が緩む暖かさに似ている。私はそれと同じものを千馗君にいつも感じていた。
私は、千馗君の笑顔が大好きだ。だから、いつも封札師や呪言花札のことで一杯頑張っている彼の笑顔が疲れで曇らないよう、その為に私の《力》はあるんじゃないかなって、思っている。
だけど、千馗君の笑い方にはもう一つ種類がある。それはある人の前でしか見せないもの。
私は偶然それを見てしまう機会があって、彼もそんな風に笑うことがあるんだと吃驚してしまった。
いつだっただろう。そうだ、部活が終わり、教室に置いていた鞄を取りに戻ろうとしたときだった。
いつもだったら誰もいないはずの時間。だけど、その時は珍しく誰かの声がした。聞き覚えのあるそれに、私の胸は弾む。
--千馗君だ。
部活も終わったし、この後の用事もない。私は彼と一緒に帰ることを思いつく。千馗君は甘いものが好きだから、帰りにドッグタグに寄って、フレンチトーストを食べて、楽しくお話して。そんなことを考えて、どう誘おうか考えていると、今度は千馗君とは違う声が聞こえた。
こちらも私にとっては馴染みのあるもの。
「……壇君もまだ教室に残ってたんだ」
珍しいと私は思う。壇君は学校が終わると、すぐに下校してしまうのが殆どだったから。
二人が一緒なのは珍しくないけれど。
入るタイミングを見失い、立ち止まった扉の向こうから話し声が聞こえる。
「……ですから、ブラックなコーヒーもなかなか乙なものなんですよ。飲まず嫌いしてたら、これからもっと美味しいもの飲めなくなっちゃいますよ」
「だからっ、飲めないとは言ってねえだろ」
ムキになって壇君が反論するけど、千馗君はくすくすと笑っている。
「でもおれ、今まで壇がブラックなコーヒー飲んだところ、見たことないんですけどねぇ」
「ぐっ……」
言葉に詰まる壇君に「ふふふっ」と千馗君が楽しそうに声を弾ませた。柔らかく優しそうなのはいつものことだけど。どうしてだろう。私や巴--他のみんなに向けるものとはちょっと違う風に感じた。
今の千馗君は、どんな風に笑ってるんだろう。いけないことだと思いながら、私はそっと扉を薄く開けた。ここで私が入ったら絶対に見れないものだから、見つからないように息を殺して覗く。
二人は窓側の一番後ろ--壇君の席の辺りで話していた。千馗君が開いた窓の桟に座って、壇君が彼の前に立っている。こっちに背中を向けている壇君の表情は見えない。けど声が笑っているから、その顔も同じように笑顔を千馗君に見せているんだろう。壇君は彼といるようになってから、本当に笑うことが多くなった。
そして彼と話す千馗君は--。
「……」
壇君と話す千馗君の顔を見て、私の胸はとくりと高鳴った。
彼もまた、壇君と同じように笑っていた。だけどその笑顔は私や巴に見せるものとは少し違う。
とても、愛おしそうな眼をしていた。見ているだけで、壇君のことが好きなんだって分かる顔。
二人の時にしか見せない顔なのかな。私がいるときに、千馗君が今のような顔で笑うところを見たことなかった。
「こんなんじゃまだまだですよ、壇」
「ったく、減らず口を叩きやがって……」
ふと会話が途切れた。
誰もいない、静かな教室。
壇君の腕が千馗君に伸ばされる。ほっぺたに掌を当てて、自分の顔を彼に寄せた。
「……!」
何をしているのか、こういうことには鈍い私にもすぐ分かった。これ以上見ていちゃいけない気がして、私は扉を閉めることも忘れ、その場を後にした。
廊下の端っこで私はようやく止まった。胸に押さえた手に、心臓のドキドキが伝わってくる。
ビックリした。
あれって……やっぱりキス、してたんだよね。千馗君と壇君って、つき合ってるのかな?
そんな疑問が私の中に浮かぶ。だけど答えなんて考えるまもなく、明白だろう。
千馗君が、あんな笑い方をするんだから。とても壇君のことが好きなんだって彼を映す眼が言っていた。
誰にでも優しく笑いかける千馗君。だけど、あんな風に笑うのは、壇君の前だけなんだ。
ちょっと悔しい……かな。でも、ちょっと嬉しい。
だって、もしかしたら見れなかった、千馗君のいつもと違う表情。壇君しか見れないものなのに、それを私も知ることが出来た。
……なんて、怒られちゃうかな。見たといっても、盗み見たんだし。
「……鞄、どうしようかな」
私の鞄は教室に置いてある。だけど、二人がいるうちに取りにいけない。私はどうしようと考えて――もうしばらく待とうと思った。
邪魔しちゃいけないことってある。たぶん、さっき見たものも、そうしちゃいけないものなんだ。
私は後ろを振り返る。まだ、あの教室に二人はいるだろう。だから私はすぐ近くの階段を下りる。三階の廊下を通って、反対側の階段を上がろう。あちら側には巴のいる生徒会室がある。
このまま教室の前を突っ切っていけば早いのだろう。だけど、弥紀はあえて遠回りを選んだ。だって教室の前を通ったら、絶対ドキドキして顔が赤くなるだろうから。
それを巴に指摘され、誤魔化す自信が今の私にはなかった。
ちょっと微エロ?かも?
激情を指で描くの続きっぽく。
燈治の思っていた通り、七代は美術室にいた。やはり、いつもと同じ場所、室内の片隅でスケッチブックを広げ、鉛筆を走らせている。
時折七代は、そこで部活の真似事をしている。もし任務とかなかったら、美術部に入ってたんですけどねえ、と話半分に言っていたことがある。だけど、封札師として来ているのだからそんな暇などないと、七代はしたかっただろう美術部への入部を見送っていた。
だけど、七代の中では多少の後悔が残ってたのだろう。たまに美術室に来ては一人静かに絵を描いている。
燈治が美術室の後ろから中に足を踏み入れても、七代は気づきもしない。スケッチブックのほうに集中しているようだった。
何を描いているんだろう。燈治はふと気になった。
一度スケッチブックを見せてもらったことはある。その時は七代からの目を通したモノがどんな風に映るのか、絵を通じて共有できることがとても嬉しかった。
だけど、それ以降七代が描いた絵を燈治に見せることはなくなった。見せてくれよ、と燈治から頼んでみても、七代はただ「だめですって」とスケッチブックを抱えて首を振るだけで。
だから燈治の中にちょっとした悪戯心が芽生えた。真正面から頼んでも駄目ならば、後ろからそっと覗いてしまえばいい。
燈治は息を潜め、足音を殺して七代の後ろへと歩いた。七代は携帯の画面に表示したものをスケッチしているらしい。左手で携帯とスケッチブックを同時に持ち、丁寧に線を描いていく。
あと一歩前に踏み出せば七代にぶつかる距離まで近づき、燈治はそっと彼の肩越しにスケッチブックを覗いた。覗き見は悪いことだとわかっている。だけど、そこまで七代が頑なになるほど見せたくないものを見てみたい、そんな欲求が勝ってしまった。
「……」
燈治は絶句した。お前、と叫びそうになる口を掌で押さえ、息を大きく飲む。
スケッチブックに描かれていたのは、燈治の姿だった。いつの間に盗み撮りしていたのか、屋上で寝ているときの格好をそれはもう丁寧に描いている。見ているこっちが、恥ずかしくなるぐらいに。
七代がスケッチブックを見せたがらない訳が判明し、燈治は不意打ちを食らった気分になる。これは本人に見せたら怒られると思ったんだろう。
それに、七代の目に自分がこう映っているのだと思うと。
胸の奥から熱く沸き上がったものが、喉に詰まったような息苦しさ。じっとしていられなくて燈治は一歩まで縮まっていた七代との距離を、腕を伸ばしてなくした。
「わっ」
後ろからいきなり抱きしめられ、驚いた七代の手からスケッチブックと携帯電話が床に落ちた。かしゃん、と小さな音が、西日の射す美術室に響く。
「だ、壇……?」
うわずった声で七代は誰何した。突然の出来事で速くなった彼の心臓の鼓動が、シャツ越しで燈治の掌に感じる。
「いきなり何を……」
とまどう声を発する七代は、床にページを広げて落ちたスケッチブックに目を止め「ちょ、まさか盗み見したんですか!?」と燈治を問いただす。
「悪いけど、見た」
燈治は、はっきりと正直に告げた。すると見る間に七代は耳の先まで真っ赤になる。
「ちょ……っと止めてくださいよ。黙ってみるなんて、ひどいじゃないですか」
「さっさと見せないお前が悪いんだろ」
「黙って描いているのに、その本人に対してほいほい、はいどうぞ、って見せられるわけないでしょうが。そんなのもわからないの?」
口が悪くなるのは、七代が素に戻ってしまうほど照れている証拠だ。だいたい、耳を真っ赤にされてまで怒られても、燈治には痛くも痒くもなかった。
「そりゃあ、さっきまではわからなかったさ」
スケッチブックの中身を、知らなかったのだから。
「だけど今ならわかるぜ」
燈治は抱きしめる腕に力を込めた。
「お前って、俺が思っている以上に、俺のことが好きなんだってな。そうだろ、千馗」
「――――なっ!!」
絶句する七代の耳に、燈治は「千馗」と唇を寄せた。
七代は目に映ったものをそのまま絵に起こす。そうして、自分の見ているものはこんな風に見えている。これが自分にとっての本当だと、伝えたがっていた。もし、今七代が描いている自分の絵にも同じことが言えるのなら。
すげえ、幸せだ。
見ているだけでも伝わる。七代が燈治を、どんな風に思っているのか。
「…………!」
恥ずかしさが頂点に達したらしく、七代は燈治の腕から逃げようともがく。しかし、もともと体格差があるせいで、少し暴れただけではびくともしない。
燈治は口を開け、赤くなった耳を伸ばした舌で嘗めた。
「ひゃっ」と七代の肩が竦む。薄くなった抵抗に気をよくして、耳の縁を口に含んだ。甘く噛み、時に強く吸う。
「……ひ、ぁ…………っ」
耳朶に軽く歯を立てる。何度も何度もちゅっと音を立てるように口づけば面白いほどに、七代の身体は震えた。
「ん…………っ」
七代の声は甘く弱々しくなる。流されまいと床に踏ん張っていた足が、胸を探る手の動きに翻弄され、次第に力が弱くなっていった。
七代の耳を噛んでいた燈治が「千馗」と直接鼓膜を振るわせるように、声を吹き込む。
抱きしめていた腕を解くと、七代が上体を捻って燈治を潤んだ目で見た。
今度は七代から腕が伸ばされる。燈治はそれを受け入れ、もう一度彼を抱きしめた。
二人分の影が、西日で美術室の床に伸びる。そして影はゆっくりと沈むように短くなり、二人が床に重なる音が、美術室に落ちた。
激情を指で描くの続きっぽく。
燈治の思っていた通り、七代は美術室にいた。やはり、いつもと同じ場所、室内の片隅でスケッチブックを広げ、鉛筆を走らせている。
時折七代は、そこで部活の真似事をしている。もし任務とかなかったら、美術部に入ってたんですけどねえ、と話半分に言っていたことがある。だけど、封札師として来ているのだからそんな暇などないと、七代はしたかっただろう美術部への入部を見送っていた。
だけど、七代の中では多少の後悔が残ってたのだろう。たまに美術室に来ては一人静かに絵を描いている。
燈治が美術室の後ろから中に足を踏み入れても、七代は気づきもしない。スケッチブックのほうに集中しているようだった。
何を描いているんだろう。燈治はふと気になった。
一度スケッチブックを見せてもらったことはある。その時は七代からの目を通したモノがどんな風に映るのか、絵を通じて共有できることがとても嬉しかった。
だけど、それ以降七代が描いた絵を燈治に見せることはなくなった。見せてくれよ、と燈治から頼んでみても、七代はただ「だめですって」とスケッチブックを抱えて首を振るだけで。
だから燈治の中にちょっとした悪戯心が芽生えた。真正面から頼んでも駄目ならば、後ろからそっと覗いてしまえばいい。
燈治は息を潜め、足音を殺して七代の後ろへと歩いた。七代は携帯の画面に表示したものをスケッチしているらしい。左手で携帯とスケッチブックを同時に持ち、丁寧に線を描いていく。
あと一歩前に踏み出せば七代にぶつかる距離まで近づき、燈治はそっと彼の肩越しにスケッチブックを覗いた。覗き見は悪いことだとわかっている。だけど、そこまで七代が頑なになるほど見せたくないものを見てみたい、そんな欲求が勝ってしまった。
「……」
燈治は絶句した。お前、と叫びそうになる口を掌で押さえ、息を大きく飲む。
スケッチブックに描かれていたのは、燈治の姿だった。いつの間に盗み撮りしていたのか、屋上で寝ているときの格好をそれはもう丁寧に描いている。見ているこっちが、恥ずかしくなるぐらいに。
七代がスケッチブックを見せたがらない訳が判明し、燈治は不意打ちを食らった気分になる。これは本人に見せたら怒られると思ったんだろう。
それに、七代の目に自分がこう映っているのだと思うと。
胸の奥から熱く沸き上がったものが、喉に詰まったような息苦しさ。じっとしていられなくて燈治は一歩まで縮まっていた七代との距離を、腕を伸ばしてなくした。
「わっ」
後ろからいきなり抱きしめられ、驚いた七代の手からスケッチブックと携帯電話が床に落ちた。かしゃん、と小さな音が、西日の射す美術室に響く。
「だ、壇……?」
うわずった声で七代は誰何した。突然の出来事で速くなった彼の心臓の鼓動が、シャツ越しで燈治の掌に感じる。
「いきなり何を……」
とまどう声を発する七代は、床にページを広げて落ちたスケッチブックに目を止め「ちょ、まさか盗み見したんですか!?」と燈治を問いただす。
「悪いけど、見た」
燈治は、はっきりと正直に告げた。すると見る間に七代は耳の先まで真っ赤になる。
「ちょ……っと止めてくださいよ。黙ってみるなんて、ひどいじゃないですか」
「さっさと見せないお前が悪いんだろ」
「黙って描いているのに、その本人に対してほいほい、はいどうぞ、って見せられるわけないでしょうが。そんなのもわからないの?」
口が悪くなるのは、七代が素に戻ってしまうほど照れている証拠だ。だいたい、耳を真っ赤にされてまで怒られても、燈治には痛くも痒くもなかった。
「そりゃあ、さっきまではわからなかったさ」
スケッチブックの中身を、知らなかったのだから。
「だけど今ならわかるぜ」
燈治は抱きしめる腕に力を込めた。
「お前って、俺が思っている以上に、俺のことが好きなんだってな。そうだろ、千馗」
「――――なっ!!」
絶句する七代の耳に、燈治は「千馗」と唇を寄せた。
七代は目に映ったものをそのまま絵に起こす。そうして、自分の見ているものはこんな風に見えている。これが自分にとっての本当だと、伝えたがっていた。もし、今七代が描いている自分の絵にも同じことが言えるのなら。
すげえ、幸せだ。
見ているだけでも伝わる。七代が燈治を、どんな風に思っているのか。
「…………!」
恥ずかしさが頂点に達したらしく、七代は燈治の腕から逃げようともがく。しかし、もともと体格差があるせいで、少し暴れただけではびくともしない。
燈治は口を開け、赤くなった耳を伸ばした舌で嘗めた。
「ひゃっ」と七代の肩が竦む。薄くなった抵抗に気をよくして、耳の縁を口に含んだ。甘く噛み、時に強く吸う。
「……ひ、ぁ…………っ」
耳朶に軽く歯を立てる。何度も何度もちゅっと音を立てるように口づけば面白いほどに、七代の身体は震えた。
「ん…………っ」
七代の声は甘く弱々しくなる。流されまいと床に踏ん張っていた足が、胸を探る手の動きに翻弄され、次第に力が弱くなっていった。
七代の耳を噛んでいた燈治が「千馗」と直接鼓膜を振るわせるように、声を吹き込む。
抱きしめていた腕を解くと、七代が上体を捻って燈治を潤んだ目で見た。
今度は七代から腕が伸ばされる。燈治はそれを受け入れ、もう一度彼を抱きしめた。
二人分の影が、西日で美術室の床に伸びる。そして影はゆっくりと沈むように短くなり、二人が床に重なる音が、美術室に落ちた。
夕方。
何をするでもなく稲荷像の側で沈む夕日を見つめていた鍵は、羽鳥家の方から近づく足音を耳で拾った。いつもよりどこか慎重なそれに振り向いて、笑う。
「おや、坊。外で夕食を取るおつもりで?」
「違いますって」
両手で盆を持っている七代が「鍵さんたちのごはんを持ってきたんですよ」と言った。乗せられた皿から漂う匂いに「おや」と鍵はにやりと笑う。
「もしかして今日は私の好物だったりしますか?」
すると「当たりです」と七代が目を丸くした。
「とはいえ、今日はおれが作ったものなので、ちょっとおいしくないかも……」
清司郎に教わりながら作ってはいるんですけど、と口をもごもごさせながら、七代は稲荷寿司の乗った皿を稲荷像の前に置く。そしてその横に「これはおくちなおし」とおはぎの皿を乗せた。
「ありがとうございやす、坊。稲荷寿司もおはぎもいただきやすよ。どちらもとてもおいしそうだ」
「……ありがとう」
「おや、私は礼の言われることをした覚えはないんですがねえ」
いたずらっぽく鍵は笑う。それにつられて七代も笑った。
「それで……あれ、鈴は?」
「ああ、子犬ちゃんでしたら白殿と街に出ていやすよ」
「また白は……」
七代はここにはいない呪言花札の番人に対し、溜息を吐いた。もうすぐ夕食前だというのに、またジャンクフードを食べに行っていることをどう窘めようか考えている。
「まあ、坊。そんな怒らないで。せっかくのいい顔が台無しだ」
にっこり笑って鍵が宥める。すると憮然としていた七代の顔は、一気に得も言われないようなものへ変わった。
「……なんか、鍵さんに言われると、背中がむずがゆくなりそう……」
怒気が抜かれたらしく、七代は稲荷像の反対にある狛犬像に近づき、同じように皿を並べて置く。そして小さな徳利も備えた。
「ありがとうございやす、坊」
一仕事終えた七代に鍵は言った。
「坊はいつも私たちによくしてくれる」
「いつも洞で助けてくれるのに、こっちから何もしないのはダメでしょう。助けてもらったからこちらも礼を尽くす。当たり前のことじゃないですか」
当然のことのように言う七代に、思わず鍵は笑った。
「そういうところが坊の良いところなんでしょうね」
そしてその実直さが、この神社に良い空気を運んでくれる。それは神使は信じる思いに力が増し、そこにいる者の心も洗ってくれるような、清浄な風のようだ。
「坊、こっちにきてくださいや」
鍵は、七代をそっと手招きする。近づく彼に「ほら、今日は夕焼けが綺麗ですよ」と空を指さした。
空を見上げた七代は、伸びやかに染まる朱色の空を見て「本当だ……」と感嘆した。素直な反応に、やっぱり鍵は思ってしまう。
この人の心が、このまま変わらないでいて欲しい――と。
「……ねえ鍵さん。しばらくここで一緒に空を見ていていいですか? 白が帰ってくるのも待ってなきゃいけませんし」
聞かれ、鍵はすぐに「もちろん」と頷いた。
「構いませんよ。坊がいれば、ただ空を見るだけの時間も楽しくなりそうだ」
快諾に、七代は顔を綻ばせる。
それを見た鍵は、白と鈴の帰りが遅くなるように、と心の隅で思いながら「じゃあ、もっと見えやすいところに行きやしょうか」と煙管を手に、笑った。
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