小話色々。只今つり球アキハルを多く投下中です、その他デビサバ2ジュンゴ主、ものはら壇主、ぺよん花主などなど
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七代+燈治+御霧です。
俺設定あるので注意です。
七代が投げた風魔手裏剣が、隠人の体を真っ二つに裂いた。致命傷を与えられた隠人は悲鳴を上げる間もなく、消えていく。情報の欠片が燐光となって辺りに散っていった。その内のいくつかが引き寄せられるように七代の手甲へ吸い込まれていく。
『――終わったようですよ』
頭に響く鍵の声に、ふう、と七代は息を吐いた。
「終わったな」
後ろからぽん、と肩を叩いた壇が、七代を労る。
「怪我はないか?」
「はい、大丈夫ですよ。でも手裏剣飛んだままなので取りに行ってきます」
目尻を緩ませて笑い、七代は最後に倒した隠人がいた方向へ歩きだす。その背中を見守りながら、燈治は不思議な気持ちになった。元々あの風魔手裏剣は玩具店で売っている子供用の、投げて当たっても痛くない素材で出来たブーメランだ。呪言花札で強化していても、あそこまで見た目も威力も変化しているなんて。封札師の《力》の凄さを感じてしまう。シャープペンシルが大きな西洋剣に変わったときが一番驚いた。
「……おい」
不機嫌な声が燈治を呼んだ。燈治と同じく探索に同行している御霧が「何をぼおっとしている」と刺々しい声で言う。
「今日はまだ一度も休憩を取っていないぞ。さっきの隠人の戦いは何度目だと思っている」
「……っ!」
失念していた。燈治は慌てて手裏剣を取りに行っている七代の方を振り向いた。ぱっと見るといつもと変わらないが、足元がわずかにおぼついていない。
「おい千馗!」
燈治は走り出し、しゃがんで見つけた手裏剣を手に取る七代の腕をがっと掴んだ。
いきなり後ろから乱暴に引っ張られ「はい?」と七代は燈治を見上げる。彼の頬は、先ほどの戦闘前より確実に赤く火照っていた。掌でそこを包み込めば高くなった体温を如実に感じる。
「お前また熱上がってんぞ!」
どうして本人が気づかないんだ! と若干の苛立ちを感じながら燈治は叫ぶ。
七代の右手甲には隠者の刻印が刻まれている。隠人を倒した際、その刻印を通して情報を取り込み《カミフダ》を自在に使役する能力を持っていた。
しかし七代はその集めた情報を《力》に変換する際、体温が上がってしまう体質を持っている。彼曰く、たくさんの情報が集まると処理しきれないらしい。そのせいで、こまめな休憩が探索中必要とされていた。
だが今回はまだ休憩を入れていない。今日洞に足を踏み入れてから数度の戦闘をしているとなると、今の七代はかなり体温が上がっていると考えられた。
倒れることすらある。しかし、今日はまだそんな素振りを見せていなかったので、燈治は油断していた。
「確実に倒れるレベルだろこれは! 早く言え!」
怒る燈治に肩を竦め「で、でも……」と手裏剣を手にして七代は腰を上げる。
「今日は調子もいいし、休憩を入れてそれを崩すのもどうかな、と思って……」
「その油断が命取りになるんだ。……いいからそこに座れ」
つかつかと御霧が二人に近づいた。そして座れる手頃な大きさの岩を指さし、七代に指示する。
「で、でも、大丈夫ですよ?」
何とか七代は燈治と御霧を宥めようと笑って見せた。しかし赤ら顔で言われても、説得力は皆無だ。
「……」
「……」
二人から無言で睨まれ、七代は「はい、すいません」とおとなしく岩に座る。すると、ぐらりと身体がふらついた。右手から発する熱が、情報が、全身を巡っている。本当に大丈夫なつもりだったが、身体が悲鳴を上げていた。
頭から前のめりに倒れそうになり、七代はふらつく頭を押さえる。
「……全く、お前は熱暴走を続けるパソコンか」
「うう、面目次第もございません……」
的確に弱いところを突いてくる御霧に、七代はさらに身体を小さくした。七代の味方になってくれる燈治も今回ばかりは御霧に賛同のようで、口を挟む素振りなはい。
「いいから黙っていろ。無駄な動きをしていたら熱が下がるのに時間がかかる」
御霧は持っていた弓を肩に担ぎ直し、持っていたパックバックから冷却シートを取り出した。ビニルを剥がして七代の前髪を掻き上げると、容赦なく冷却シートを剥き出しになった額に貼りつける。
「つめたっ」
七代が肩を竦めた。
「当たり前だ。冷却シートなんだからな」
御霧がふん、と鼻を鳴らし、後ろで成り行きを見守っていた燈治を振り向いた。
「おい、お前もそこで面白がってないでとっとと持っているものを出せ」
「へいへいっと」
さして反論もなく、燈治は背中に背負っていたデイバッグから水筒を出す。準備のいい二人に、おれはそんなにわかりやすいのか、と七代は自分が少し情けなくなった。
「うう……おれとしては、早く今日の依頼をこなしてしまいたいんですけど」
「悪いが、この点に関して俺は全面的に鹿島に同意だ。諦めろ」
予想していた答えが返り、七代は肩を落とした。それを見て燈治は笑い「ほら、熱が治まるまでこれでも飲んでろ」と水筒のカップに冷やされたスポーツ飲料を注いで渡してくれた。
「……ありがとう」
素直に受け取り、七代はスポーツ飲料を一口含んだ。まだまだ平気だと思っていても、やはり身体は熱のせいか水分を欲している。あっと言う間に一杯飲み干してしまった。
空になったカップをまじまじと見つめる七代に「もう一杯飲むか?」と燈治が意地悪く笑って水筒を傾ける。意地悪だ、と思いながら七代は無言で燈治を睨み、それでもカップを差し出す。
おかわりをする七代を横で見ながら「全く」と御霧がため息をついた。
「自分の体調管理ぐらいきちんと出来ないでどうする。これじゃあ、効率よく探索なんて夢のまた夢だ」
にべもない言葉に「ぐっ」と七代が呻く。そんなことない、と言いたかったが、こうして休んでいる今、何を言葉にしても説得力はない。
「そんな顔をするのなら、自覚はあるようだな。これで何もわからないほどの馬鹿だったら、義王以上の救いようがない――馬鹿だ」
眼鏡のフレームを指で押し上げ、御霧の説教はさらに続く。
「わかっているのなら、とっとと効率よく隠者の刻印を使えるようにしろ。……全く、いちいち足止めを食って時間がかかりすぎる。そんな体たらくで呪言花札をすべて集められるのか疑問だな」
「う、うううう……」
歯に衣を着せない物言いが次々に七代の胸へとぐさりと突き刺さる。
思わず七代は苦しそうに胸を押さえた。御霧の方が正論すぎて、返す言葉も見あたらない。
そうだよな、呪言花札も後もう少しで集まるのに。落ち込んでカップを持つ手を膝に乗せて小さくなる七代に「そんな顔すんな」と燈治が小さく笑った。
「……?」
燈治を見上げ、七代は首を捻る。
「鹿島の野郎もあれで心配してるんだと思うぜ。アイツが本当にどうでもいいことなら、無視してとっとと先に行ってるだろうからな。つーよりさ、お前にそんなの貼ってやる時点で心配してんだろ」
これ、と燈治が七代の額に貼られた保冷シートを軽く指先でつついた。
「わざわざ自分で貼ってるしな。そんなの目の前で見てた俺としちゃあ、さっきの台詞とか聞いても説得力ねえぜ」
「あ、ああー……」と燈治につつかれた保冷シートを掌で押さえ、七代は心底納得した。
御霧はどうでもいいと思うような人間の世話を焼くような性格ではない。いや、もしかしたらどうでもいいと思えるような人間が目の前にいても、苛々しながら世話を焼いていそうだ。何せ、盗賊団員の為に手編みの腹巻きを作っていたんのだから。
「なるほど。御霧は俺のことを心配して、敢えて厳しい態度をとっていたと」とこくこく頷く七代に「……だろ」と燈治は笑った。
「……お前ら」
その二人を前にし、御霧がこめかみを引きつらせ、感情を抑えて震えた声で言った。平素を保っているようだったが、明らかに怒っているのがわかる。
「……何、人の前で堂々と話してるんだ」
「悪い話じゃないからいいじゃないですか」
ふふ、と七代は口元を緩めて微笑した。燈治のお陰で御霧が心配してくれたことがわかったせいか、怒られているはずなのに、ちっとも怖くない。
「いい訳あるか。お前らはとっとと口を閉じろ」
「何恥ずかしがってんだよ。別に面倒見いいのは悪いことじゃないだろ」
燈治も七代に合わせて言うと、御霧の眉間の皺がさらに深くなる。
「もういいわかった、お前らそこに並べ」
御霧は肩に担いでいた弓を両手で持ち直し、矢をつがえる。
「順番に射ってやろう。ほら、並べ」
「千馗、逃げんぞ」
ほら、と七代の手から水筒のカップを取った燈治は素早く蓋を閉め、デイバッグに入れながら走り出す。
「あいあい」
休憩と冷たい飲み物が効をそうして、すっかり熱が治まった七代も、燈治に続く。
「まて、お前ら!」
御霧の鋭い声が飛んだ。怒っている様子を肩越しに見やり、七代は何となく、義王やアンジーが御霧を構いたがる理由がそれとなくわかった、気がした。
でもおれはほどほどにしておかないと。せっかく心配してくれたのに。
額に貼られた冷却シートにそっと指先で触れてから、七代は反対の方向へ方向転換する。なんだかんだ言いつつも、世話を焼いてくれる盗賊団の参謀の怒りを宥めるために。
激突するように御霧に抱きつく五秒前。
御霧は本当、鬼畜眼鏡の名前を被ったオカンですよね……!
俺設定あるので注意です。
七代が投げた風魔手裏剣が、隠人の体を真っ二つに裂いた。致命傷を与えられた隠人は悲鳴を上げる間もなく、消えていく。情報の欠片が燐光となって辺りに散っていった。その内のいくつかが引き寄せられるように七代の手甲へ吸い込まれていく。
『――終わったようですよ』
頭に響く鍵の声に、ふう、と七代は息を吐いた。
「終わったな」
後ろからぽん、と肩を叩いた壇が、七代を労る。
「怪我はないか?」
「はい、大丈夫ですよ。でも手裏剣飛んだままなので取りに行ってきます」
目尻を緩ませて笑い、七代は最後に倒した隠人がいた方向へ歩きだす。その背中を見守りながら、燈治は不思議な気持ちになった。元々あの風魔手裏剣は玩具店で売っている子供用の、投げて当たっても痛くない素材で出来たブーメランだ。呪言花札で強化していても、あそこまで見た目も威力も変化しているなんて。封札師の《力》の凄さを感じてしまう。シャープペンシルが大きな西洋剣に変わったときが一番驚いた。
「……おい」
不機嫌な声が燈治を呼んだ。燈治と同じく探索に同行している御霧が「何をぼおっとしている」と刺々しい声で言う。
「今日はまだ一度も休憩を取っていないぞ。さっきの隠人の戦いは何度目だと思っている」
「……っ!」
失念していた。燈治は慌てて手裏剣を取りに行っている七代の方を振り向いた。ぱっと見るといつもと変わらないが、足元がわずかにおぼついていない。
「おい千馗!」
燈治は走り出し、しゃがんで見つけた手裏剣を手に取る七代の腕をがっと掴んだ。
いきなり後ろから乱暴に引っ張られ「はい?」と七代は燈治を見上げる。彼の頬は、先ほどの戦闘前より確実に赤く火照っていた。掌でそこを包み込めば高くなった体温を如実に感じる。
「お前また熱上がってんぞ!」
どうして本人が気づかないんだ! と若干の苛立ちを感じながら燈治は叫ぶ。
七代の右手甲には隠者の刻印が刻まれている。隠人を倒した際、その刻印を通して情報を取り込み《カミフダ》を自在に使役する能力を持っていた。
しかし七代はその集めた情報を《力》に変換する際、体温が上がってしまう体質を持っている。彼曰く、たくさんの情報が集まると処理しきれないらしい。そのせいで、こまめな休憩が探索中必要とされていた。
だが今回はまだ休憩を入れていない。今日洞に足を踏み入れてから数度の戦闘をしているとなると、今の七代はかなり体温が上がっていると考えられた。
倒れることすらある。しかし、今日はまだそんな素振りを見せていなかったので、燈治は油断していた。
「確実に倒れるレベルだろこれは! 早く言え!」
怒る燈治に肩を竦め「で、でも……」と手裏剣を手にして七代は腰を上げる。
「今日は調子もいいし、休憩を入れてそれを崩すのもどうかな、と思って……」
「その油断が命取りになるんだ。……いいからそこに座れ」
つかつかと御霧が二人に近づいた。そして座れる手頃な大きさの岩を指さし、七代に指示する。
「で、でも、大丈夫ですよ?」
何とか七代は燈治と御霧を宥めようと笑って見せた。しかし赤ら顔で言われても、説得力は皆無だ。
「……」
「……」
二人から無言で睨まれ、七代は「はい、すいません」とおとなしく岩に座る。すると、ぐらりと身体がふらついた。右手から発する熱が、情報が、全身を巡っている。本当に大丈夫なつもりだったが、身体が悲鳴を上げていた。
頭から前のめりに倒れそうになり、七代はふらつく頭を押さえる。
「……全く、お前は熱暴走を続けるパソコンか」
「うう、面目次第もございません……」
的確に弱いところを突いてくる御霧に、七代はさらに身体を小さくした。七代の味方になってくれる燈治も今回ばかりは御霧に賛同のようで、口を挟む素振りなはい。
「いいから黙っていろ。無駄な動きをしていたら熱が下がるのに時間がかかる」
御霧は持っていた弓を肩に担ぎ直し、持っていたパックバックから冷却シートを取り出した。ビニルを剥がして七代の前髪を掻き上げると、容赦なく冷却シートを剥き出しになった額に貼りつける。
「つめたっ」
七代が肩を竦めた。
「当たり前だ。冷却シートなんだからな」
御霧がふん、と鼻を鳴らし、後ろで成り行きを見守っていた燈治を振り向いた。
「おい、お前もそこで面白がってないでとっとと持っているものを出せ」
「へいへいっと」
さして反論もなく、燈治は背中に背負っていたデイバッグから水筒を出す。準備のいい二人に、おれはそんなにわかりやすいのか、と七代は自分が少し情けなくなった。
「うう……おれとしては、早く今日の依頼をこなしてしまいたいんですけど」
「悪いが、この点に関して俺は全面的に鹿島に同意だ。諦めろ」
予想していた答えが返り、七代は肩を落とした。それを見て燈治は笑い「ほら、熱が治まるまでこれでも飲んでろ」と水筒のカップに冷やされたスポーツ飲料を注いで渡してくれた。
「……ありがとう」
素直に受け取り、七代はスポーツ飲料を一口含んだ。まだまだ平気だと思っていても、やはり身体は熱のせいか水分を欲している。あっと言う間に一杯飲み干してしまった。
空になったカップをまじまじと見つめる七代に「もう一杯飲むか?」と燈治が意地悪く笑って水筒を傾ける。意地悪だ、と思いながら七代は無言で燈治を睨み、それでもカップを差し出す。
おかわりをする七代を横で見ながら「全く」と御霧がため息をついた。
「自分の体調管理ぐらいきちんと出来ないでどうする。これじゃあ、効率よく探索なんて夢のまた夢だ」
にべもない言葉に「ぐっ」と七代が呻く。そんなことない、と言いたかったが、こうして休んでいる今、何を言葉にしても説得力はない。
「そんな顔をするのなら、自覚はあるようだな。これで何もわからないほどの馬鹿だったら、義王以上の救いようがない――馬鹿だ」
眼鏡のフレームを指で押し上げ、御霧の説教はさらに続く。
「わかっているのなら、とっとと効率よく隠者の刻印を使えるようにしろ。……全く、いちいち足止めを食って時間がかかりすぎる。そんな体たらくで呪言花札をすべて集められるのか疑問だな」
「う、うううう……」
歯に衣を着せない物言いが次々に七代の胸へとぐさりと突き刺さる。
思わず七代は苦しそうに胸を押さえた。御霧の方が正論すぎて、返す言葉も見あたらない。
そうだよな、呪言花札も後もう少しで集まるのに。落ち込んでカップを持つ手を膝に乗せて小さくなる七代に「そんな顔すんな」と燈治が小さく笑った。
「……?」
燈治を見上げ、七代は首を捻る。
「鹿島の野郎もあれで心配してるんだと思うぜ。アイツが本当にどうでもいいことなら、無視してとっとと先に行ってるだろうからな。つーよりさ、お前にそんなの貼ってやる時点で心配してんだろ」
これ、と燈治が七代の額に貼られた保冷シートを軽く指先でつついた。
「わざわざ自分で貼ってるしな。そんなの目の前で見てた俺としちゃあ、さっきの台詞とか聞いても説得力ねえぜ」
「あ、ああー……」と燈治につつかれた保冷シートを掌で押さえ、七代は心底納得した。
御霧はどうでもいいと思うような人間の世話を焼くような性格ではない。いや、もしかしたらどうでもいいと思えるような人間が目の前にいても、苛々しながら世話を焼いていそうだ。何せ、盗賊団員の為に手編みの腹巻きを作っていたんのだから。
「なるほど。御霧は俺のことを心配して、敢えて厳しい態度をとっていたと」とこくこく頷く七代に「……だろ」と燈治は笑った。
「……お前ら」
その二人を前にし、御霧がこめかみを引きつらせ、感情を抑えて震えた声で言った。平素を保っているようだったが、明らかに怒っているのがわかる。
「……何、人の前で堂々と話してるんだ」
「悪い話じゃないからいいじゃないですか」
ふふ、と七代は口元を緩めて微笑した。燈治のお陰で御霧が心配してくれたことがわかったせいか、怒られているはずなのに、ちっとも怖くない。
「いい訳あるか。お前らはとっとと口を閉じろ」
「何恥ずかしがってんだよ。別に面倒見いいのは悪いことじゃないだろ」
燈治も七代に合わせて言うと、御霧の眉間の皺がさらに深くなる。
「もういいわかった、お前らそこに並べ」
御霧は肩に担いでいた弓を両手で持ち直し、矢をつがえる。
「順番に射ってやろう。ほら、並べ」
「千馗、逃げんぞ」
ほら、と七代の手から水筒のカップを取った燈治は素早く蓋を閉め、デイバッグに入れながら走り出す。
「あいあい」
休憩と冷たい飲み物が効をそうして、すっかり熱が治まった七代も、燈治に続く。
「まて、お前ら!」
御霧の鋭い声が飛んだ。怒っている様子を肩越しに見やり、七代は何となく、義王やアンジーが御霧を構いたがる理由がそれとなくわかった、気がした。
でもおれはほどほどにしておかないと。せっかく心配してくれたのに。
額に貼られた冷却シートにそっと指先で触れてから、七代は反対の方向へ方向転換する。なんだかんだ言いつつも、世話を焼いてくれる盗賊団の参謀の怒りを宥めるために。
激突するように御霧に抱きつく五秒前。
御霧は本当、鬼畜眼鏡の名前を被ったオカンですよね……!
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エンディング後 壇主同棲設定です
今日はおれも壇も予定がなく、一日暇だった。ぽっかりと出来た空白の時間。だけど、おれたちは出かけるわけでもなく、二人でのんびりテレビを見ていた。
普通ならどこかに出かけるかとか、選択肢もあっただろう。外は晴れていて、出かけなきゃもったいないと言わんばかりの陽気だ。
でもおれたちはそっと寄り添って座り、そのまま動こうとしなかった。最近はお互いが忙しかったり、片方の時間があいても、もう片方が駄目だったり。何かと都合があわなかった。
だから、この時間はすべてを放棄しても、ただ隣に好きな人が居るって言う、些細な――でもとても幸せな時間を味わいたい。
両手でマグカップを持ち、自分で入れたカフェオレを飲みながら、おれは悦に浸る。自然と緩む頬。しまりのない笑みに気づいた壇が、読んでいたスポーツ雑誌から顔を上げ「何、気持ち悪い顔してんだ」と言った。
「ふふふ」とおれは幸せを隠さずに笑い、壇にすり寄る。ふわりと鼻を掠めるシャンプーの香りは、おれと同じもの。ああ、一緒に暮らしてるんだな、と実感するおれに更なる幸福をもたらし、さらに壇の言うところの気持ち悪い顔になる。
「壇と一緒に容れて幸せを噛みしめていたところですよ」
「お前……」
はっきり嬉しさを表現するおれに、壇は一瞬絶句した。だけどすぐに破顔して読んでいた雑誌を床に投げる。
腕を伸ばして、ちびちびカフェオレを舐めるように飲むおれの髪の毛に指を差し入れ、くしゃりとかき混ぜるように撫でた。
「ったく恥ずかしいこと言ってんじゃねえよ」
「いつものことじゃないですか。今更そんなこと……」
「ま、そうだけどな……」
長いつきあいになって、おれがどんな性格か壇は分かりきっている。軽く肩を竦め、頭を撫で続けた。
壇の手は撫でられていて気持ちいい。猫みたいに目を細めていると「今更って言えばよ」と壇が思い出したように言った。
「千馗」
「何ですか、壇」
呼ばれておれは壇を見る。だが、どうしてか壇は渋い顔つきになっていた。
「それだよ、それ」
「……はい?」
壇は撫でていたおれの頭から手を離し、そのままこっちの鼻先へと突きつけた。
「どうしてお前はよ。俺を名前で呼ばないんだ?」
「えっ……!?」
壇の指摘におれは動揺して大げさに体を振るわせた。両手で持っていたマグカップを危うく落としかけ、慌てて指先に力を込める。
「……そこまで動揺することか?」
挙動不審になったおれを、壇が半眼で見やった。
変な誤解をされたくないおれは「違うんですって」とマグカップを近くのローテーブルに置いて、壇の方へ向き直った。
「おれが壇を名前で呼ばないのはちゃんとした理由があるんですよう」
「ふぅん……理由、ねえ」
あ、駄目だ。まだ怪しんでいる。
……本当はあんまり言いたくない。だって、あまりに馬鹿らしい、取るに足らないものだとおれでも思うし。
だけど壇に呆れられる方がおれにはもっと怖くて。
おれは、小さく息を吸って正直に白状した。
「だ、だって……」
「だって?」
「名前で呼ぶの、恥ずかしいですし……」
「……はぁ?」
やっぱりだ。ぽかんと口を開ける壇におれは、頬を掌で包んだ。元々体温が高いのに、恥ずかしさからもっと熱が上がっていく感じがする。鏡を見たら、真っ赤になった自分の顔が拝めるだろう。
「壇には大したことじゃなくても、おれにはすごく大したことなんです」
おれは横を向いてぼそぼそと呟いた。そう、おれは壇のことを名前で呼ぶことがとても照れくさい。口に出してしまったら、声からどれだけ壇のことが好きか、バレちゃうんじゃないかって。呼んだら、壇も喜ぶって分かってる。分かってるけど、その喜ぶ顔を見たら、おれが腰砕けになってしまうだろう。何せ壇に耳元で囁かれるだけでそうなってしまうのだから。推して知るべし、だ。
ただでさえ使いものにならなくなる時があるのに、そんな状況を増やしてたまるか。
「おれはこれ以上熱くなりたくないんですって。察してくださいよう」
「……」
壇は恥じ入るおれの横顔をじっと見た――かと思いきや、また腕を伸ばしてきた。今度は頭を撫でる為じゃなくて、おれの腰に回して引き寄せる。
「っ」
後ろから抱きしめられる形になり、おれはびくんと肩を跳ね上げた。耳、耳のすぐ傍に、壇の息がかかってる……!
「――千馗」
耳元で名前を囁かれる。意識して重低を響かせた声は、耳からダイレクトに痺れとなって腰に来た。
このままじゃあ、まずい。おれは「ちょ、ちょっとタンマ、壇」と体を捩って、壇の分厚い胸板を押す。
「待たねえよ」
しかし壇はしつこくおれの耳元から唇を離そうとしない。
「どうせお前は何でもかんでも恥ずかしがってばっかりじゃねえか。――いい機会だから、ここで徹底的に慣らした方がいいだろ」
「慣れない! 慣れないから!」
おれは涙目でぶんぶん首を振る。徹底的に慣らす、と言うことは、ずっと耳元で壇の声を吹き込まされるということか。
――冗談じゃない。
そんなことしたら、おれ、本気で腰が砕けてしばらく立てなくなっちゃう……! そしてこの展開だとおいしく壇に食べられるのは必死だ。嫌じゃない。嫌じゃないけど!
腰はもう壇の両腕にしっかり回されて固定されている。逃げ場はない。この危機を脱する唯一の方法は――。
おれは「わかりました! 壇のこと、名前で呼びます!」と高らかに言う。ここは壇の要望を通して少しでも時間を稼ぐべきだ。そうすれば、ちょっとは冷静になるはず。おれも、壇も。
心境の変化に壇が「ほお」と口元を上げた。にやにやした笑いは、少し面白がっているようにも見える。
鴉乃杜の頃はおれがからかって、壇の反応を面白がっていたのに。今じゃすっかり立場が逆転している。ある時――おれにはよく分からないけど、多分クリスマスが終わった辺りから、壇は積極的になってきている。初めて出会った頃にはしないような、優しい顔でおれに微笑みかけ、伸びる手は迷いなくおれに触れる。だから、こっちはいつも調子が狂いっぱなし。壇に翻弄される。
壇が、こんなに意地悪な奴だなんて! おれは今まさにそれをしみじみと思った。
「じゃあ、言ってみろって」
男に二言はないよな、と壇が念押しして言った。
「……わかりました」
おれは観念し、大きく息を吸った。うう、恥ずかしい。恥ずかしすぎる。
頬が熱くなった。心臓がばくんばくんと鼓動を打っている。
このまま穴を掘ってそこに丸まっていたい気持ちを必死に抑え、おれは壇が待ち望んでいる言葉をようやっと口にした。
「と、とう……じ…………さん」
言った。言ったぞおれは! よくやったと自分を誉めてやりたい!
しかし待望の言葉が聞けたのに、壇は首を傾げた。
「……なんで、さん付けなんだ?」
「……おれには呼び捨てはまだハードルが高すぎて……」
燈治、と今のおれが呼んだら、多分恥ずかしさに叫ぶ自信がある。
「だから、慣らしていくためにもまずはさん付けから、でいいですよね。と、とうじ、さん」
「そのつっかえるのも慣らしていかねえとな」
ふんふんと頷きながら、壇はこれからどうすべきか解析していく。もちろん腰に回された腕は解けないまま――と言うより、背中から体重かけられているんですけども。
あっと、思っていたら押し倒されていた。フローリングに敷かれたラグの上、壇がおれを見下ろしてにやりと笑う。さっきよりも数倍は質の悪い顔で。
「え、え、ちょ……っと、燈治さん? この展開は何なの?」
「そりゃあ、少しでも慣らしておいたほうがいいだろ。名前呼ぶくらいじゃ恥ずかしがらないように、それ以上のことをたくさんすりゃあ、いけるだろ」
「……」
うん、嫌な予感しかしない。おれは肘を突いて上体を浮かし、後ろへ逃げようとした。しかし壇はおれの行動など把握済みで、後頭部に手を回すと、自分の方へと引き寄せ接吻した。表面がちょこっと引っ付いて離れただけなのに、おれには効果が覿面で困る。竦めた肩を宥めるように後頭部を押さえた手が下がり、優しく背中を撫でた。
「ここで逃げたら、十倍な」
囁く声に、おれは無駄な抵抗を止める。なにが十倍か、知りたいけど聞ける勇気はおれにはない。
間近で見つめ会う壇は、おれを見て惚けた顔で微笑んでいる。おれが、この男をそんな顔にさせているのだと思うと、なぜだか背中がぞくぞくした。
再びラグの上に横になったおれの服に壇の指がかかる。
観念したおれは「燈治さん」と名前を呼んで、これから来るだろう熱の波に備えるべく、そっと瞼を閉じた。
エンディング後での当サイトの壇主は、バカップル仕様でお願いします。
今日はおれも壇も予定がなく、一日暇だった。ぽっかりと出来た空白の時間。だけど、おれたちは出かけるわけでもなく、二人でのんびりテレビを見ていた。
普通ならどこかに出かけるかとか、選択肢もあっただろう。外は晴れていて、出かけなきゃもったいないと言わんばかりの陽気だ。
でもおれたちはそっと寄り添って座り、そのまま動こうとしなかった。最近はお互いが忙しかったり、片方の時間があいても、もう片方が駄目だったり。何かと都合があわなかった。
だから、この時間はすべてを放棄しても、ただ隣に好きな人が居るって言う、些細な――でもとても幸せな時間を味わいたい。
両手でマグカップを持ち、自分で入れたカフェオレを飲みながら、おれは悦に浸る。自然と緩む頬。しまりのない笑みに気づいた壇が、読んでいたスポーツ雑誌から顔を上げ「何、気持ち悪い顔してんだ」と言った。
「ふふふ」とおれは幸せを隠さずに笑い、壇にすり寄る。ふわりと鼻を掠めるシャンプーの香りは、おれと同じもの。ああ、一緒に暮らしてるんだな、と実感するおれに更なる幸福をもたらし、さらに壇の言うところの気持ち悪い顔になる。
「壇と一緒に容れて幸せを噛みしめていたところですよ」
「お前……」
はっきり嬉しさを表現するおれに、壇は一瞬絶句した。だけどすぐに破顔して読んでいた雑誌を床に投げる。
腕を伸ばして、ちびちびカフェオレを舐めるように飲むおれの髪の毛に指を差し入れ、くしゃりとかき混ぜるように撫でた。
「ったく恥ずかしいこと言ってんじゃねえよ」
「いつものことじゃないですか。今更そんなこと……」
「ま、そうだけどな……」
長いつきあいになって、おれがどんな性格か壇は分かりきっている。軽く肩を竦め、頭を撫で続けた。
壇の手は撫でられていて気持ちいい。猫みたいに目を細めていると「今更って言えばよ」と壇が思い出したように言った。
「千馗」
「何ですか、壇」
呼ばれておれは壇を見る。だが、どうしてか壇は渋い顔つきになっていた。
「それだよ、それ」
「……はい?」
壇は撫でていたおれの頭から手を離し、そのままこっちの鼻先へと突きつけた。
「どうしてお前はよ。俺を名前で呼ばないんだ?」
「えっ……!?」
壇の指摘におれは動揺して大げさに体を振るわせた。両手で持っていたマグカップを危うく落としかけ、慌てて指先に力を込める。
「……そこまで動揺することか?」
挙動不審になったおれを、壇が半眼で見やった。
変な誤解をされたくないおれは「違うんですって」とマグカップを近くのローテーブルに置いて、壇の方へ向き直った。
「おれが壇を名前で呼ばないのはちゃんとした理由があるんですよう」
「ふぅん……理由、ねえ」
あ、駄目だ。まだ怪しんでいる。
……本当はあんまり言いたくない。だって、あまりに馬鹿らしい、取るに足らないものだとおれでも思うし。
だけど壇に呆れられる方がおれにはもっと怖くて。
おれは、小さく息を吸って正直に白状した。
「だ、だって……」
「だって?」
「名前で呼ぶの、恥ずかしいですし……」
「……はぁ?」
やっぱりだ。ぽかんと口を開ける壇におれは、頬を掌で包んだ。元々体温が高いのに、恥ずかしさからもっと熱が上がっていく感じがする。鏡を見たら、真っ赤になった自分の顔が拝めるだろう。
「壇には大したことじゃなくても、おれにはすごく大したことなんです」
おれは横を向いてぼそぼそと呟いた。そう、おれは壇のことを名前で呼ぶことがとても照れくさい。口に出してしまったら、声からどれだけ壇のことが好きか、バレちゃうんじゃないかって。呼んだら、壇も喜ぶって分かってる。分かってるけど、その喜ぶ顔を見たら、おれが腰砕けになってしまうだろう。何せ壇に耳元で囁かれるだけでそうなってしまうのだから。推して知るべし、だ。
ただでさえ使いものにならなくなる時があるのに、そんな状況を増やしてたまるか。
「おれはこれ以上熱くなりたくないんですって。察してくださいよう」
「……」
壇は恥じ入るおれの横顔をじっと見た――かと思いきや、また腕を伸ばしてきた。今度は頭を撫でる為じゃなくて、おれの腰に回して引き寄せる。
「っ」
後ろから抱きしめられる形になり、おれはびくんと肩を跳ね上げた。耳、耳のすぐ傍に、壇の息がかかってる……!
「――千馗」
耳元で名前を囁かれる。意識して重低を響かせた声は、耳からダイレクトに痺れとなって腰に来た。
このままじゃあ、まずい。おれは「ちょ、ちょっとタンマ、壇」と体を捩って、壇の分厚い胸板を押す。
「待たねえよ」
しかし壇はしつこくおれの耳元から唇を離そうとしない。
「どうせお前は何でもかんでも恥ずかしがってばっかりじゃねえか。――いい機会だから、ここで徹底的に慣らした方がいいだろ」
「慣れない! 慣れないから!」
おれは涙目でぶんぶん首を振る。徹底的に慣らす、と言うことは、ずっと耳元で壇の声を吹き込まされるということか。
――冗談じゃない。
そんなことしたら、おれ、本気で腰が砕けてしばらく立てなくなっちゃう……! そしてこの展開だとおいしく壇に食べられるのは必死だ。嫌じゃない。嫌じゃないけど!
腰はもう壇の両腕にしっかり回されて固定されている。逃げ場はない。この危機を脱する唯一の方法は――。
おれは「わかりました! 壇のこと、名前で呼びます!」と高らかに言う。ここは壇の要望を通して少しでも時間を稼ぐべきだ。そうすれば、ちょっとは冷静になるはず。おれも、壇も。
心境の変化に壇が「ほお」と口元を上げた。にやにやした笑いは、少し面白がっているようにも見える。
鴉乃杜の頃はおれがからかって、壇の反応を面白がっていたのに。今じゃすっかり立場が逆転している。ある時――おれにはよく分からないけど、多分クリスマスが終わった辺りから、壇は積極的になってきている。初めて出会った頃にはしないような、優しい顔でおれに微笑みかけ、伸びる手は迷いなくおれに触れる。だから、こっちはいつも調子が狂いっぱなし。壇に翻弄される。
壇が、こんなに意地悪な奴だなんて! おれは今まさにそれをしみじみと思った。
「じゃあ、言ってみろって」
男に二言はないよな、と壇が念押しして言った。
「……わかりました」
おれは観念し、大きく息を吸った。うう、恥ずかしい。恥ずかしすぎる。
頬が熱くなった。心臓がばくんばくんと鼓動を打っている。
このまま穴を掘ってそこに丸まっていたい気持ちを必死に抑え、おれは壇が待ち望んでいる言葉をようやっと口にした。
「と、とう……じ…………さん」
言った。言ったぞおれは! よくやったと自分を誉めてやりたい!
しかし待望の言葉が聞けたのに、壇は首を傾げた。
「……なんで、さん付けなんだ?」
「……おれには呼び捨てはまだハードルが高すぎて……」
燈治、と今のおれが呼んだら、多分恥ずかしさに叫ぶ自信がある。
「だから、慣らしていくためにもまずはさん付けから、でいいですよね。と、とうじ、さん」
「そのつっかえるのも慣らしていかねえとな」
ふんふんと頷きながら、壇はこれからどうすべきか解析していく。もちろん腰に回された腕は解けないまま――と言うより、背中から体重かけられているんですけども。
あっと、思っていたら押し倒されていた。フローリングに敷かれたラグの上、壇がおれを見下ろしてにやりと笑う。さっきよりも数倍は質の悪い顔で。
「え、え、ちょ……っと、燈治さん? この展開は何なの?」
「そりゃあ、少しでも慣らしておいたほうがいいだろ。名前呼ぶくらいじゃ恥ずかしがらないように、それ以上のことをたくさんすりゃあ、いけるだろ」
「……」
うん、嫌な予感しかしない。おれは肘を突いて上体を浮かし、後ろへ逃げようとした。しかし壇はおれの行動など把握済みで、後頭部に手を回すと、自分の方へと引き寄せ接吻した。表面がちょこっと引っ付いて離れただけなのに、おれには効果が覿面で困る。竦めた肩を宥めるように後頭部を押さえた手が下がり、優しく背中を撫でた。
「ここで逃げたら、十倍な」
囁く声に、おれは無駄な抵抗を止める。なにが十倍か、知りたいけど聞ける勇気はおれにはない。
間近で見つめ会う壇は、おれを見て惚けた顔で微笑んでいる。おれが、この男をそんな顔にさせているのだと思うと、なぜだか背中がぞくぞくした。
再びラグの上に横になったおれの服に壇の指がかかる。
観念したおれは「燈治さん」と名前を呼んで、これから来るだろう熱の波に備えるべく、そっと瞼を閉じた。
エンディング後での当サイトの壇主は、バカップル仕様でお願いします。
恋愛お題ったー 「夕方の階段」「泣きじゃくる」「花束」より
弥紀+七代で卒業式前日。
放課後の学校は、少し切なくなる。あんなに一杯の生徒でにぎわう校舎内は静まり、廊下も階段も教室も--すべてが黄昏色に染まっていくから。
そしてその切なさを感じることができるのも今日が最後なんだ。
弥紀は、階段を下りる途中足を止めた。振り返り、四階を見上げる。三年間部活で通っていた音楽室。ついさっきまでいたその場所であったことを思い返し、瞼の裏がじんと熱くなった。
合唱部の後輩が、今までありがとうございました、と花束を渡してくれた。みんなでお金を出し合ってくれたんだろうそれは、弥紀の好きな花が一杯に束ねられていた。まるで、明日卒業してしまう弥紀を送り出し、これからを応援してくれるような気持ちが伝わってくる。
嬉しかった。だけど、同時に泣きたくなった。弥紀は明日鴉乃杜学園を卒業してしまう。もう、ここには来れなくなるのだと思うと、涙がこぼれそうだった。
だけど笑って。最後の最後で後輩たちを困らせないように。笑顔で手を振って音楽室を出た。
しかし階段を下りたところで堪えきれなくなった。夕暮れに染まる階段にさっきの切なさが膨れ上がって。思わず涙がぽろりとこぼれた。
立ち止まった弥紀の頬に、堪えきれなくなった寂しさが幾筋も流れ落ちていく。
「……穂坂?」
階段の下から声がした。はっとして見ると、七代が階段の途中で足を止めている弥紀を見上げ「どうしたんですか?」と近づく。
弥紀は涙を拭い、なんでもないよ、と言おうとした。しかしうまく言葉にならなかった。それどころか涙はぼろぼろ溢れだし、ちょっと息が苦しくなる。
花束に顔を埋めると、数段下まで近づいた七代は弥紀がどんな状態になっているか気づいたらしい。あ、と戸惑った声を上げ、ポケットを探り出す。
「……こんなものでよければ」
七代はポケットから取り出したハンカチを弥紀に差し出した。ぐちゃぐちゃに畳まれた状態の悪さに「あ、ごめんなさい」と七代はきちんと四つに折り直し改めて差し出す。
「洗濯はちゃんとしてますから。綺麗ですよ」
「うん……ありがとう」
ぐちゃぐちゃでも構わなかったのに。弥紀は几帳面な七代の好意をありがたく受け取った。目元をこすり、涙を拭っていくが涙はぽろぽろと止まらない。
「ふふっ、ごめんね。なかなか止まらないや」
笑って言う弥紀に「いいですよ」と七代が返した。
「どんどん泣いちゃえばいいんです。悲しいことじゃ……ないんでしょう?」
「……うん」
弥紀は頷いた。そう、これは悲しいことじゃない。後輩に未来への道行きに向かって背中を押してもらえた。
七代に借りたハンカチは、どんどんこぼれる涙を吸い込む。鼻先をもらった花束に近づけた。
泣いているせいか、少し花の匂いがわからない。ちょっともったいないなぁ、と思う弥紀の頭を七代の手が優しく撫でた。
そして数分後に燈治、そして巴ちゃんがやってきて、みんなでドッグタグ行くか!的な流れになる。
弥紀+七代で卒業式前日。
放課後の学校は、少し切なくなる。あんなに一杯の生徒でにぎわう校舎内は静まり、廊下も階段も教室も--すべてが黄昏色に染まっていくから。
そしてその切なさを感じることができるのも今日が最後なんだ。
弥紀は、階段を下りる途中足を止めた。振り返り、四階を見上げる。三年間部活で通っていた音楽室。ついさっきまでいたその場所であったことを思い返し、瞼の裏がじんと熱くなった。
合唱部の後輩が、今までありがとうございました、と花束を渡してくれた。みんなでお金を出し合ってくれたんだろうそれは、弥紀の好きな花が一杯に束ねられていた。まるで、明日卒業してしまう弥紀を送り出し、これからを応援してくれるような気持ちが伝わってくる。
嬉しかった。だけど、同時に泣きたくなった。弥紀は明日鴉乃杜学園を卒業してしまう。もう、ここには来れなくなるのだと思うと、涙がこぼれそうだった。
だけど笑って。最後の最後で後輩たちを困らせないように。笑顔で手を振って音楽室を出た。
しかし階段を下りたところで堪えきれなくなった。夕暮れに染まる階段にさっきの切なさが膨れ上がって。思わず涙がぽろりとこぼれた。
立ち止まった弥紀の頬に、堪えきれなくなった寂しさが幾筋も流れ落ちていく。
「……穂坂?」
階段の下から声がした。はっとして見ると、七代が階段の途中で足を止めている弥紀を見上げ「どうしたんですか?」と近づく。
弥紀は涙を拭い、なんでもないよ、と言おうとした。しかしうまく言葉にならなかった。それどころか涙はぼろぼろ溢れだし、ちょっと息が苦しくなる。
花束に顔を埋めると、数段下まで近づいた七代は弥紀がどんな状態になっているか気づいたらしい。あ、と戸惑った声を上げ、ポケットを探り出す。
「……こんなものでよければ」
七代はポケットから取り出したハンカチを弥紀に差し出した。ぐちゃぐちゃに畳まれた状態の悪さに「あ、ごめんなさい」と七代はきちんと四つに折り直し改めて差し出す。
「洗濯はちゃんとしてますから。綺麗ですよ」
「うん……ありがとう」
ぐちゃぐちゃでも構わなかったのに。弥紀は几帳面な七代の好意をありがたく受け取った。目元をこすり、涙を拭っていくが涙はぽろぽろと止まらない。
「ふふっ、ごめんね。なかなか止まらないや」
笑って言う弥紀に「いいですよ」と七代が返した。
「どんどん泣いちゃえばいいんです。悲しいことじゃ……ないんでしょう?」
「……うん」
弥紀は頷いた。そう、これは悲しいことじゃない。後輩に未来への道行きに向かって背中を押してもらえた。
七代に借りたハンカチは、どんどんこぼれる涙を吸い込む。鼻先をもらった花束に近づけた。
泣いているせいか、少し花の匂いがわからない。ちょっともったいないなぁ、と思う弥紀の頭を七代の手が優しく撫でた。
そして数分後に燈治、そして巴ちゃんがやってきて、みんなでドッグタグ行くか!的な流れになる。
恋愛お題ったーから 「昼のキッチン」「開き直る」「花」
エンディング後 同棲設定
妙に自信たっぷりだったから、つい申し出に頷いたのがそもそもの間違いだった。
焦げくさい臭いに、燈治は嫌な予感しかせず、台所に駆け込む。
一歩キッチンに踏み込み、思い切り顔をしかめる。火災報知器が作動するほどの煙が、そこに充満していた。加えてうるさい警告音に、これはただ事じゃないと一目でわかる。
「馬鹿、お前何やってんだ!」
「だ、だ、壇……!!」
もうもうと黒い煙を上げるフライパンの前で、涙目になった七代が振り向いた。青ざめた表情。起こった事態に頭が回らないらしく、ガスはついたままだ。
「ちょっとそこ退け!」
燈治はガスコンロの前で慌てる七代を横に押し退け、火を止めた。続けて窓という窓を開け、煙を外へ逃がす。うるさく鳴り続ける火災報知器を止め、十分な煙を逃がしたところで、これで大丈夫だろうと確認した。
「……壇」
ばたばたと燈治が動き回っている間、台所の隅でじっとしていた七代が、恐る恐る近づいた。一歩間違えれば火事になる状況に、さすがの七代も肩を落としてうなだれ「ごめんなさい」と燈治に謝る。
「……もういいって。わざとじゃねえんだしよ」
あまりの落ち込みように、燈治も毒気が抜けた。俯いた七代の頭にぽんと手を置いて、慰めるように撫でる。
「だけど、今度はこうなる前に言えよ? それだったら駄目にならなくなるかもしんねえし」
そういいながら、燈治は煙の元になったフライパンを見やった。真っ黒に焦げたフレンチトースト--だったものに、どこまで焼こうとしてたんだろう、と内心思う。
「うう。最近壇のフレンチトーストがだいぶ美味しいから、おれも作れるかと思ったのに……」
頭を撫でられ落ち込んだ気持ちが浮上したのか、幾分覇気が戻った声で七代が悔しがった。
「そりゃ俺は、練習してるしマスターにいろいろ教わってるからな。全く料理しないお前と比べられても困る」
「でも、壇ですよ?」と七代は顔を上げて、ぎゅっと握り拳を作った。
「今まで料理のりの字も知らなかった壇が……、まさかフレンチトーストとか、ナポリタンとか作れるようになっただなんて……、おれでも作れると思ったっていいじゃないですか」
「そこで開きなおんな」
さっきまでのしおらしさが嘘のようだ。燈治は呆れて頭に置いていた手を離し、そのまま七代の額を指で弾いた。
「あいたっ」と弾かれて軽く仰け反った七代が、赤くなった額を手のひらで押さえた。
「うう、ひどい。暴力反対」
「ひどいって思うんなら、お前も練習してみろよ。俺より美味しく作れたらちゃんと認めてやる」
「ううう……」
うなる七代の頭をぽんと叩き「おら、まだやることは残ってんだからな」と燈治はガスコンロの方を顎でしゃくった。黒こげのフレンチトーストが鎮座しているフライパンは、洗うにも一苦労しそうな一品になり果てていた。
「これ洗わねーと、今日の夕食千馗の嫌いなものばっかりにするからな」
「ええっ」
「じゃなけりゃ、しばらく好物はお預けか--どっちにするんだ?」
「どっちも同じ。同じですから!」
反論しながら、七代は大慌てでガスコンロへ戻る。そしてフライパンを手にしかけ--「あっち!」と悲鳴を上げた。見てて、何となく音を聞かせるとくねくね踊る玩具の花を思わせた。
「あー……ったく、あいつは……」
いつでも騒がしい奴だ。転校してから、こうして一緒に暮らすようになって、ずいぶん静かな生活とはかけ離れた時間を過ごしている。恐らく、ずっと賑やかなままなんだろうと燈治は感じていた。
望むところだ。俺は、千馗といられることが一番の望みなのだから。いつまでも、この騒がしさとつきあってやろう。
「だから、落ちつけって!」
まずはこの状況を収めないと。フライパンが熱いと騒ぐ七代を落ち着かせる為、燈治は七代の元へ足を踏み出した。
もうこいつらくっついた後はバカップルでもよいと思う……。
エンディング後 同棲設定
妙に自信たっぷりだったから、つい申し出に頷いたのがそもそもの間違いだった。
焦げくさい臭いに、燈治は嫌な予感しかせず、台所に駆け込む。
一歩キッチンに踏み込み、思い切り顔をしかめる。火災報知器が作動するほどの煙が、そこに充満していた。加えてうるさい警告音に、これはただ事じゃないと一目でわかる。
「馬鹿、お前何やってんだ!」
「だ、だ、壇……!!」
もうもうと黒い煙を上げるフライパンの前で、涙目になった七代が振り向いた。青ざめた表情。起こった事態に頭が回らないらしく、ガスはついたままだ。
「ちょっとそこ退け!」
燈治はガスコンロの前で慌てる七代を横に押し退け、火を止めた。続けて窓という窓を開け、煙を外へ逃がす。うるさく鳴り続ける火災報知器を止め、十分な煙を逃がしたところで、これで大丈夫だろうと確認した。
「……壇」
ばたばたと燈治が動き回っている間、台所の隅でじっとしていた七代が、恐る恐る近づいた。一歩間違えれば火事になる状況に、さすがの七代も肩を落としてうなだれ「ごめんなさい」と燈治に謝る。
「……もういいって。わざとじゃねえんだしよ」
あまりの落ち込みように、燈治も毒気が抜けた。俯いた七代の頭にぽんと手を置いて、慰めるように撫でる。
「だけど、今度はこうなる前に言えよ? それだったら駄目にならなくなるかもしんねえし」
そういいながら、燈治は煙の元になったフライパンを見やった。真っ黒に焦げたフレンチトースト--だったものに、どこまで焼こうとしてたんだろう、と内心思う。
「うう。最近壇のフレンチトーストがだいぶ美味しいから、おれも作れるかと思ったのに……」
頭を撫でられ落ち込んだ気持ちが浮上したのか、幾分覇気が戻った声で七代が悔しがった。
「そりゃ俺は、練習してるしマスターにいろいろ教わってるからな。全く料理しないお前と比べられても困る」
「でも、壇ですよ?」と七代は顔を上げて、ぎゅっと握り拳を作った。
「今まで料理のりの字も知らなかった壇が……、まさかフレンチトーストとか、ナポリタンとか作れるようになっただなんて……、おれでも作れると思ったっていいじゃないですか」
「そこで開きなおんな」
さっきまでのしおらしさが嘘のようだ。燈治は呆れて頭に置いていた手を離し、そのまま七代の額を指で弾いた。
「あいたっ」と弾かれて軽く仰け反った七代が、赤くなった額を手のひらで押さえた。
「うう、ひどい。暴力反対」
「ひどいって思うんなら、お前も練習してみろよ。俺より美味しく作れたらちゃんと認めてやる」
「ううう……」
うなる七代の頭をぽんと叩き「おら、まだやることは残ってんだからな」と燈治はガスコンロの方を顎でしゃくった。黒こげのフレンチトーストが鎮座しているフライパンは、洗うにも一苦労しそうな一品になり果てていた。
「これ洗わねーと、今日の夕食千馗の嫌いなものばっかりにするからな」
「ええっ」
「じゃなけりゃ、しばらく好物はお預けか--どっちにするんだ?」
「どっちも同じ。同じですから!」
反論しながら、七代は大慌てでガスコンロへ戻る。そしてフライパンを手にしかけ--「あっち!」と悲鳴を上げた。見てて、何となく音を聞かせるとくねくね踊る玩具の花を思わせた。
「あー……ったく、あいつは……」
いつでも騒がしい奴だ。転校してから、こうして一緒に暮らすようになって、ずいぶん静かな生活とはかけ離れた時間を過ごしている。恐らく、ずっと賑やかなままなんだろうと燈治は感じていた。
望むところだ。俺は、千馗といられることが一番の望みなのだから。いつまでも、この騒がしさとつきあってやろう。
「だから、落ちつけって!」
まずはこの状況を収めないと。フライパンが熱いと騒ぐ七代を落ち着かせる為、燈治は七代の元へ足を踏み出した。
もうこいつらくっついた後はバカップルでもよいと思う……。
恋愛お題ったーから 「夕方のベランダ」「忘れてしまう」「紅葉」
「――京都に行きたいです」
放課後。屋上で何をするわけでもなくぼんやりしている燈治の耳に、千馗の呟きが耳に入った。欄干に頬杖をついて夕焼けの空を見上げる横顔に「京都?」と燈治は尋ね返す。
七代は「はい」と空に視線を投げたままぼおっとして頷いた。
「秋の京都ってすごいんですよ。何て言うか……、紅葉がうわーって広がってて」
欄干から手を離し、七代は大きく両腕を広げて「こんな風に一面にあっかいのが広がってるんです」と自分の見たものを燈治に伝えようとしてくれる。だが抽象的すぎてさっぱり伝わらなかった。
「全然わかんねぇよ。もうちょっと具体的なもんはねぇのか? ほら、場所とかよ」
「いやー、生憎忘れちゃったんですよねえ。京都って紅葉も綺麗ですけど、食べるものもおいしいですし。駄菓子とかさりげなーく地域限定的なものもありますし」
「お前な……」
紅葉より食い気か。わかっていたが燈治は呆れてしまった。いや、それでも今紅葉の方に思いを馳せてた分、まだマシか。
「前お世話になった人にくっついて行って……ずっと後ろをちょろちょろしてたから、場所とかよくわからなかったんですよね」
当時を思い出したのか、七代が小さく笑う。眼に昔を懐かしむ郷愁の色がふと浮かんでいた。
「ただ……山を登ったときの紅葉とそこから見える景色は今でもすごく覚えています。こんなに綺麗な景色まだまだあるんだなって。本当は絵にしたかったけど、おれその時は絵が下手くそだったし、時間もなかったから」
「……」
「あ、でも絵がまだまだなのは今も変わらないですけどね」
「……また、行けばいいだろ」
七代から視線を反らし、燈治はぶっきらぼうに言った。頬に血が集まって、熱くなる。
「俺が、連れてってやっから」
「……え?」
ぽかんとして七代は燈治を見上げた。燈治はまっすぐ前を見たまま、半分自棄になって言葉を続ける。
「約束、しただろ。お前をいろんな場所に連れてってやるって。それはここ--新宿だけじゃねえ。それ以外でもお前が望むなら、俺が……どこへだって連れてってやる」
「壇……」
紡がれる言葉から伝わる率直な燈治の感情に、七代の顔もつられて赤くなった。そして素早く周囲を見回し、そっと燈治との距離を詰める。
ゆっくり伸ばされた手が燈治の袖を引き、肩口に額を押しつけた。
「それが実現する前に、ちゃんと思い出しますから。だからちゃんと連れてってくださいね」
「……ったりまえだろ」
当然のことを言うな、と返す照れ隠しのせいで不機嫌そうに聞こえる声に、そうですね、と七代は笑った。
ベランダじゃなくて、屋上になってしまった……
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