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小話色々。只今つり球アキハルを多く投下中です、その他デビサバ2ジュンゴ主、ものはら壇主、ぺよん花主などなど
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「何て言うか」
 真っ正面から向かい合い、膝の上に乗せたおれを抱きしめた壇がため息混じりにぼやいた。
「こうやってこそこそすんのは性に合わねえんだよな」
「いやいや、多少は人の目を気にするべきだと思いますよ」
 壇の肩口に頭を凭れつつ、おれはしっかりと釘を刺した。色んな何かを自覚した壇はおれが驚くほど大胆で積極的になっている。だからこっちは、心臓がいくつあっても足りやしない。
 紆余曲折ありながら、おれと壇は世間で言うところの恋人同士になった。約束したから、と色んなところでデートしたり、それなりにキスとか恋人らしいこともしている。
 ……まぁ、キスはする度に酸欠になりそうなのは困りものだけど。この前だって唇腫れたし。でも、それはまだマシな部類に入る。
 それ以上に困るのは――。
 千馗、と掠れ気味の声で呼ぶ壇の、抱きしめる力が強くなり、おれはどきっとする。このまま流されたい気持ちを必死に理性で押し止め「ちょっと待った」と壇の肩を押した。
「……何だよ」
 止められて、壇は明かに不服そうな顔をする。
「嫌なのか?」
「嫌じゃないですよ」
 そもそも嫌だったら、抱きしめられた時点で拒否しているし、膝の上になんて乗らない。それに今まで何回、抱き合ってきたのか。おれの中で壇との行為を止める選択肢は最初からなかった。
「……だけど」
 おれはふっと顔を反らし、周りを見た。
 吹き抜ける風にちょっと曇った空。下からはどこかの部活動の声や校外を走る車の音が聞こえる。
「屋上は、ないんじゃないかな」
 そう、二人きりで過ごせる場所が少なすぎる現状に、おれたちは頭を悩ませていた。こうして屋上にいるのも、ここならば人が来る確率が割と低いから。でもゼロじゃないので油断禁物だ。
 でもよ、とやんわり拒否するおれに反論する。
「隙あらば後ろから突進して抱き着いてきた人間の言う台詞じゃねえな」
「それとこれとは話が別だと思うんですが」
 俺がしてきたのは抱き着いて怒られて、それでおしまい。だけど壇がおれにしようとしているのは、そこから二歩三歩進んでいることだ。いくらおれでも恥ずかしさのほうが上回る。ていうか今の体勢だってちょっと恥ずかしい。
「それにここは白や雉明が来るだからダメ」
「じゃあ校内のどっか」
「お前は会長の包囲網抜けられるのか?」
 下校後は見回りを積極的にしているので、リスクが高すぎる。もちろん居候している羽鳥家は論外だ。朝子先生が見たら気絶どころの騒ぎじゃない。
「壇の家はどうですか」
「悪ぃが、今日俺んところもダメなんだよ」
 ふと頭に思い浮かんだ考えを言うが、壇は首を振る。妹が早く帰ってくるのだそうだ。
 じゃあ殆ど場所がない。でかい男二人でホテルとか目立つし、おれも壇もしっかり富樫刑事の要注意人物としてインプットされている。
「じゃあ……洞とかか?」
「いやいやいやいや、絶っっっ対、洞だけはダメ」
 洞でやるのは、鍵さんや鈴に見せているようなものだ。そうなったらおれはもう二人の顔見れないし、鴉羽神社に入れない。
「…………」
 壇が難しい顔をしておれを見る。言いたいことはわかる。せっかく盛り上がりかけた気分を抑えるなんて、難しいものだ。
 いたたまれなくなり、おれはまた燈治の肩に頭を乗せた。おれだって、壇に触れたいたいんだよ、と手を回した広い背中をぽんぽん叩いて慰めた。
 ぎゅっと壇からも、もっと強く抱きしめられる。
「じゃあ良いところ思いつくまでこうしとくか?」
 出された折衷案におれは頷いた。見つかった時のために言い訳を考えておこうと思いながら。



イチャップル。

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後半部分はちょっとえっちい感じですので注意。でもあくまでちょっと。



「あ、ここ依頼で指示された場所です」
 携帯電話のフリップを閉じ、七代は後ろからついて来る燈治と雉明を振り返った。
「ちょっと待っててもらっていいですか? 今回の、花札の設置がちょっとややこしそうなので」
「おう、いいぜ」
「わかった。気をつけて」
「はーい」
 軽く手を振って、七代は一人開けた場所へ足を進める。七代が請け負っている依頼には花札を設置することにより生まれるエネルギーを使い、品物を精製するものがある。希少性が高いものほど、より複雑に配置しなければならない。こんな時同行者はただ待つことしかやることがなかった。
 まあ、危険はないみたいだからいいけどよ。配置する花札を探しているらしい七代を燈治は遠くから見つめる。しかしいつでも動けるよう身構えて。何が起こるかわからない洞の中だ。せめて安心して任務を遂行できるよう、七代の背中は守りたい。
「……」
 七代を見守る燈治を、横から雉明が見ている。かと思いきや、不意に燈治のほうへと一歩、二歩と近づいてきた。
 狭まる距離。無言の視線が突き刺さる。
 最初、燈治は耐えていたが、あまりに真っすぐな視線を向けられ「……おい、雉明」と口を出す。
「俺の顔に何かついてるか」
「いや、何もついていない」
「じゃあ離れろ。距離が近ぇ」
 一歩離れて燈治に言われ、雉明は「すまない」と素直に引き下がる。
「知りたいことがあって」
「知りたいこと?」
 なんだそりゃ、と燈治は眉を寄せた。知りたいことがあって、それがどう近づくことに繋がるんだろう。
 ああ、と雉明が至極真面目に頷いた。
「千馗が」
「千馗が?」
 七代の名前に、ますます燈治は眉間の皺を深くする。つい先日まで彼が生きるか死ぬかの岐路に立たされていた為か、七代のことになると、途端に燈治は心配になった。まさかまたろくでもないことを考えているんじゃないか、アイツは。
 苛立たしくなり、燈治は「千馗がどうしたんだ」と雉明に詰め寄った。返答次第では後で七代にも話を聞かなくては。
 雉明が答える。
「千馗が壇に近づくと、病気になるみたいなんだ」
「……は?」
 思ってもいなかった雉明の言葉に、壇はどういうことだ、と聞き返した。病気って、何の病気だよ。
「おれと千馗は札を通して多少の変化を読み取れる」
 雉明は右手を自分の胸に当てた。
「千馗が壇の近くにいる時、まず心の臓が速くなる。体温も僅かに上昇していた」
「……」
「それからとても緊張しているようでもあった。だからおれは風邪かと思って、千馗に聞いてみたんだが、何故かはぐらかされてしまった。もし重病だったらいけないと、こうして壇の近くに寄ってみたんだが――」
「……具合、悪くなったか?」
「ならない」
「ま、だろうな」
 近くによるだけで具合が悪くなるなどないだろう。そもそも燈治は健康に取り柄を持っている。風邪なんて、鎌鼬の箱の件を除けばここ数年かかったことがない。
 燈治から距離を取った雉明は、手を口許へやり「ならば何故千馗はあのようなことになってしまうのだろう……」と真剣に悩み始める。怜悧な容貌とは異なり、中身は天然である雉明に、燈治は開きかけた口を閉ざした。
 これは、言わぬが花だ。


「――ってそこで話が終わるの!? ばかなの!?」
 当時のことを聞かされ、七代は眼を剥いた。
「通りであの時にやにやしてると思ったら……! ばかですかあんたは!」
 七代は手近にあった枕を掴み、笑いを堪えている男に投げ付ける。殴りたい気持ちもあったけど、今は痛くて怠くて動けなかった。
 おっと、と軽々と枕を避け、燈治はかわりに冷たく濡らしたタオルを七代に当てる。
「言ったら言ったで怒るだろ。雉明に何吹き込んでるんですかーって」
「そうですけど!」
 あの純粋な眼差しで問われたら答えに窮するのは明らかだ。だけども。
「それとこれとは話が別ですぅー!」
 あの時にはもう燈治のことを意識していた。だけど呪言花札の件もあり、任務を優先していた七代は、必死に自分の気持ちを押し隠し、仲間として燈治と接していたのに。まさか、バレていたなんて。
 今だったら恥ずかしさで死ねそうだ。七代は大袈裟に嘆き、起こしていた上体をベッドの上に投げ出した。
「暴れんなって。身体が拭けねえ」
 顔を覆い悶絶する七代に軽く肩を竦め、燈治が言った。
「それにもうどうだっていいだろ。こうして俺とお前がここにいる。俺はそれで満足してるけど、お前は?」
「……」
 動きを止め、七代は指の間から汗ばむ身体を拭いてくれる燈治を見た。そしてまた悶絶する。
「どうしてそこで恥ずかしいことを言うのかな……。おれのからかいに一々反応してくれた壇はどこに行っちゃったの……」
「ま、慣れってところだな」
「悔しい。悔しすぎる」
 やりすぎた自分がばかだった、と嘆く七代に燈治が笑う。
「そうだな。お前がやりすぎたお陰でわかったこともあったし。――一々俺のやることに反応する楽しさってのもわかったしな」
 だから、と燈治が顔を覆っていた七代の腕を掴んだ。ぱっと開けた視界。精悍な顔付きで見下ろす燈治に、七代は顔を赤らめる。
「今度は俺から慣らしてやるよ。今までの礼も込めて、な」
「これは礼っていうより仕返し……んっ」
 言葉は最後まで続かない。重なる肌の体温や触れる指の動き目眩を起こしそうだ。
 多分おれが慣れるのは当分先だろうな。そう思いながらも、七代は素直に愛しい男の背中に腕を回した。



色んな意味で進化していく壇燈治でお送りしました

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 保健室で蒐くんに四角のことを教えてもらってから帰ってきた教室は、ちょっと不思議な雰囲気になっていた。みんな、落ち着かない様子で後ろのほうを見ている。ざわざわと落ち着かない空気が教室いっぱいに広がっているみたい。
 何か、あったのかな?
 少しわくわくして、わたしも皆につられて同じ方向を見た。
「あ……」
 皆が見ていたのは、七代くんと壇くんだ。壇くんは自分の席で俯せに寝ている。そして七代くんが椅子を壇くんの席のほうへと向けて、せわしなく手を動かしていた。
 壇くんが昼休みの教室にいることと、その壇くんの傍にいる七代くんは高校三年の二学期に突然現れた、季節外れの転校生。二つの珍しさが一緒になっているから、皆驚いているのかも。
 ここにわたしが入ったら、もっと珍しくなってクラスの皆は驚くのかな。そんなことを考えたわたしは少し笑って二人に近づく。
「七代くん。何してるの?」
 後ろから呼んだわたしに、手を止めた七代くんが「穂坂さん」と肩越しにこっちを見た。そしてぱっちりした眼を猫みたいに細めて笑うと、立てた人差し指を口許に当てる。静かに、のポーズにわたしは慌てて口を押さえた。そうだよね。うるさくしてたら、壇くん、起きちゃうよね。
 だけど壇くんは起きる様子もない。昨日は不思議なことがたくさんあったから、疲れてるんだろうなって思う。でも、夢じゃないんだ。右手がたまにあったかくなること。そして七代くんがここにいることが、夢じゃない何よりの証拠。
 七代くんが小声で「これ、どうです?」と膝に乗せていたものをわたしに見せてくれた。小さめのスケッチブックに、七代くんは絵を描く人なんだ、と新しい発見に嬉しくなる。
「見てもいいの?」
 小声で聞くわたしに七代くんは大きく頷いた。わたしのほうへ向き直り差し出してくれたスケッチブックを受け取る。
 ありがとう、とお礼を言ってから、わたしはさっきまで七代くんが描いていたものを見た。
 そこには机に突っ伏して寝ている壇くんの姿。七代くんの描く線は柔らかくて優しい感じがする。今目の前で寝ている壇くんと見比べて、七代くんにはこんな風に見えるんだなぁって思っちゃった。大切に想ってるんだって。
「壇には内緒にしてくださいね」
 また人差し指を立てた七代くんが、小さい声で言った。
「ばれちゃうと恥ずかしがって没収されちゃいますから」
 そんなことはしないと思う。けど、恥ずかしがったりはしちゃうんだろうな。そうなった時のことを考える。顔を赤くして怒って、でも結局もう勝手に描くなよって、七代くんを許しちゃうんだろうな。
 よく描けてるでしょう、と誇らしそうに腰へ手を当てた七代くんが胸を反らして言う。
 うんと頷いてわたしはスケッチブックを返した。
「すごく上手だよ」
 すると七代くんはとても嬉しそうに笑って「いつかはちゃんとモデルになってくれたら嬉しいんですけどね」と壇くんを見る。
「じゃあ実現した時にはわたしも見学させてね」
「もちろん」
 ちょっとした共犯者の気分でわたしは七代くんと笑い合う。
 その横では壇くんが、はんぺん、と呟きながらうなされていた。



弥紀、かわいくてでも怖いもの知らずで好きです。
前向きな女の子っていいですよね。

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 地震で出来た横穴を通り、雉明は風穴から脱出した。氣を探り、七代といちるの場所を探る。脱出、していればいいんだが。
「……よかった」
 ここからずっと離れた外に二人の氣を感じ、眉間にしわを寄せていた雉明はほっと胸を撫で下ろした。すぐ近くに伊佐地の氣もある。これなら後はもう大丈夫だろう。
 雉明は崩れてしまった横穴に背を向けて、この場を後にする。ここでの目的は達成した。これで、カミフダをずっと楽に制御出来るはずだ。
 雉明は右の手の甲を見た。指貫き手袋の下、隠者の杖に貫かれ刻まれた印。
 三人で、一緒に。
「…………」
 雉明は立ち止まった。見つめていた右手を下ろし、七代たちがいるだろう方向を振り向く。


 きみを、信じてもいいのか、と七代に問うたとき、彼はこう答えた。
「手、出してください」
「……?」
 質問に答えない七代に首を捻りながら、それでも素直に手を出す。
「手の平を上にして」
 七代に言われた通りにすると、手の平に小さく四角いものが転がった。あ、チョコ、と横でいちるの声がする。
「これは……?」
 困惑して雉明がチョコから視線を上げると、七代がにっこり笑った。
「顔が強張ってるから。甘いもの食べて落ち着いてもらおうかなって。もしかして、別のがよかったですか?」
「……まだあるのか?」
「ありますよ」とズボンのポケットを探った七代は、得意顔で握った両手を雉明の目の前で広げた。言葉通り色とりどりの包み紙で包まれたチョコがたくさん七代の手に乗っている。
「わっ、すっごーい!」
 こぼれ落ちそうなほどの量に、いちるが目を輝かせた。私にもちょうだい、とねだるいちるに「はい、どうぞー」と振る舞う七代。伊佐地が「遠足じゃないんだぞ……」とため息をついている。
「……」
 どう答えればいいんだろう。手の平に乗せられたチョコと七代の顔を、雉明は交互に見た。こう言うときの対処は、自分のなかに情報として入っていない。
 しかし七代は楽しそうに笑っている。
「おれは信じていいのか、と聞かれてすぐに頷けるほど自信はないです。それに器が大きくもないでしょう。でも二人よりは荒事には慣れているほうでしょうから、一番前に立つことは出来る」
 七代の深い黒の眼がすっと細まった。
「だから信じるとか信じないとかそれを見て決めてくれたらいいです」
「……もし、信じないといったら、きみはどうする?」
「やることは変わりませんから」
 七代ははっきりと淀みない口調で言う。
「どちらにしてもおれは雉明も武藤も守りますから」
 その時の笑みが、雉明の脳へと鮮やかに焼き付く。


 今思うと七代は緊張を解そうと、あえておちゃらけたように振る舞ったのだろう。だけど、いきなり信じてもいいのか、と尋ねた雉明を馬鹿にするでもなく、七代は自分の言葉で答えてくれた。守ってくれた。
 異形のものと相対しても怯まない背中。恐れを知らず振るわれる拳。
 そして何よりも印象に残るのは、あの、底知れぬ力を秘めたあの瞳。自身も気づいていないようだったが、七代はかなりの力を秘めているようだった。
 それこそ『あの血筋』よりも――。
 あるいは。もしかしたら。彼ならば。
 漠然とした予感が胸を過ぎる。それは雉明にとって、藁をも掴むような小さい可能性だった。
 だけど。
「おれは、きみを信じる」
 感じたものを信じ、零はそっと呟いた。前を向き、道なき道を歩き出す。おれも彼も同じ封札師だ。同じカミフダを追っていくうちにまた会える日も来る。
 こんな形で別れたことを、七代は怒るだろうか。雉明は制服のポケットを探った。指先に当たる感触は、彼から貰ったチョコレート。食べるのがもったいなくて、取っていた。
 チョコをくれた七代の表情を思い出す。眩しい笑顔だった記憶に、何故だか雉明の瞼の奥がつんと熱くなった。


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前の小話から続きで。
やまなしおちなしいみなし。



 同い年なのにずるい。
 元着ていた服を洗濯している間貸してもらった服を着て、おれは不満を漏らす。どうしてこんなにぶかぶかなんだろう。
 こっちだって封札師の仕事をこなしている。最近は筋肉だってついてきている、はずだ。
 なのに借りた服はおれにはぶかぶかだった。襟元からは鎖骨が大きく見えるし、腕を伸ばすと奴の場合二の腕までだった袖が、こっちは肘のあたりまで続く。全体的に余っている。
 くそう。胸囲一メートル超えてるからってこれは卑怯なんじゃないの。ベッドの上でおれは微妙に複雑な気分になった。まあ、実際逞しいんだけど。おれを抱きしめる腕の強さとか。苦しくて辛くて思わずしがみついた背中の広さとか。
 って何思い出してるんだおれは。
 頭の中でリフレインするのは、昨日壇の部屋に来た時からの記憶。部屋に来るか? と誘われて感じた予感は見事に的中して、おれはまんまと壇においしく――かどうかは疑問だけど、いただかれてしまった。
 まあ、そのことについて反論はない。ちょっとは手加減しろよコラ、とは思ったりしたけども。ちゃんと気持ち良かった、し。うん。
 でもこうして壇に借りた服が、おれだとここまでぶかぶかになっちゃうなんて。これは同じ男としてやっぱり悔しいと思うのですよ。やっぱり、筋肉とか欲しいし。腹筋だって六つに割れてる方がかっこいいじゃない。
 身体が怠くてベッドでうだうだしているおれの耳が、扉の開く音を拾う。わざわざ近くのコインランドリーまで洗濯しに行った男のご帰還だ。
 おれは足元で蟠っていた毛布を掴み、頭から被る。まだ頭の中で昨晩のことがぐるぐる回っているから、顔を合わせるのが恥ずかしい。
 しかし毛布を頭まで被ったのは失敗だった。壇が普段から使っているものだから。
 だ、壇の匂いがしてよけいに落ち着かない……。
「ただいま」
 部屋の扉が開いて、壇が入ってくる。そしてベッドへ近づいてくる足音。洗濯物を入れてるんだろう袋を床に置く音と続いて、ベッドが端に腰をかけた壇の重みに軋んだ。
「……なんだ、まだ寝てんのな」
 実はもう起きてますけどね。今はちょっと壇の顔が見れないかな。顔赤いし。布団に染み込んだ壇の匂いに、まあ、その。身体というか、主に下半身がやばいと言うか。
 寝返りを打つふりをして、おれは壇に背を向けた。ばれませんようにばれませんように、と心中で唱えながら寝息を立てる芝居を打つ。
「ま、最近忙しいみてえだし、しばらく寝かしとくか」
 下手な芝居だったけど、幸い壇には気づかれなかったみたいだ。ふと髪を掻き回すように頭を撫でられ、背筋がちょっとぞくぞくする。でも堪えないと。
 頭を撫でる手が下に動いて、首筋に到達する。つつ、と指先がなぞり、ある一点を押された。
「……っ」
 やばい。声が出かけて、おれは奥歯を噛んだ。壇が押した箇所には、昨晩その本人につけられた痕がある。後ろからされた時、やけにきつく吸われた覚えがある――っていやいやいやいや、思い出すなおれ。
 痕を確かめるようにもう一度同じ場所を押し、壇の手が離れる。ほっとしたのもつかの間「俺ももうちょっと寝るか」と壇があくびする。
 耳元でまたぎしりと音がした。薄く目を開けるとあの逞しい腕がおれを挟んでる――と思ったら抱きしめられた。そのまま引き寄せられて、おれの背中と壇の胸がぶつかった。
 これはいわゆる抱き枕ってやつか。いきなりされたから、心の準備が出来ていなかったおれは情けない声を上げかけてしまった。実際はびっくりしすぎて声が出せなかったんですけども。
 驚きに固まる俺のつむじの辺りに壇の息がかかる。くすぐったくて、わざとやってんのかと言いたくなった。うう。こいつ狙ってんじゃないのかな。何か的確に弱点突かれてる。
 ずるい。壇はずるい。なんかどんどんずるい男に進化してる。昔の一々俺の言葉を真に受けてうろたえるあいつはどこに行っちゃったの。今猛烈にあの頃の壇を懐かしく思うよ。おれだってその時は余裕たっぷりだったのに、今ではもう見る影もなく、壇の一挙一動にあわてふためいている。
 もうすっかり余裕のなくなったおれは、これからも翻弄されちゃうんだろうな、と思う。それを言ったら「お前だって散々俺をからかってきたつけだろ」って返されそうだけど。
 壇のTシャツを着て、壇の匂いがする毛布がかかってて、後ろから本人に抱きしめられて。これでもか、と言うほど壇まみれになってるおれはそこで思考停止した。これ以上考えていたら、絶対知恵熱出る。
 背中からじんわり伝わる壇の体温が心地良い。波のように眠気が感覚を鈍くし、瞼が重くなる。眠りの前兆に抗わず、おれは身体の力を抜いた。
 今度起きるまでずっと、ずるくても大切な壇の温かさを感じたいと思いながら。



うちはくっついた後の燈治は余裕たっぷり、そして余裕ない七代を推したい所存です。

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