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小話色々。只今つり球アキハルを多く投下中です、その他デビサバ2ジュンゴ主、ものはら壇主、ぺよん花主などなど
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「わー、カナエさーん」
 ドッグタグに来るなり奥から走って出迎えてきたバゼットハウンドに、七代は破顔して床に膝をついた。広げた両手目掛け、カナエさん、と呼ばれたバゼットハウンドは七代の胸に飛び込み、盛んに尻尾を振る。
 今日も懐かれてるな。
 七代に続いて店内に入った燈治は、熱烈な歓迎を後ろから眺める。精一杯身体を伸ばし、ぺろぺろと頬を舐めるバゼットハウンドに「ははっ、くすぐったいよ、カナエさん」と笑う七代に、燈治の頬も自然と綻んだ。
「……お前か」
 笑う声に、澁川が奥のキッチンから出てくる。
「マスター、お邪魔してます」
 ぺこりと頭を下げる七代に、澁川の眼が柔和に細まる。
「……いつもの、だな」
「はいっ、お願いします」
「俺もいつものを」
 明るく頷く七代の言葉尻に乗って、燈治が注文を付け加える。澁川は「わかった、好きなテーブルについていろ」と言い残し、厨房へと戻った。
「へへっ……。マスターのコーヒーとフレンチトースト……。なんて贅沢な一時だろう」
 バゼットハウンド――カナエさんを抱き上げ振り向いた七代は、弾んだ声で「どこに座りましょうか?」と燈治に尋ねた。
「そうだなぁ――」
 店内を見回す燈治の耳に「ここが空いているよ、千馗くん」と秀麗な声が聞こえてくる。そうだった、ここはアイツもいる可能性が高かったんだ。小さく舌打ちして燈治は嫌々カウンター席に眼を向けた。
「あ、絢人」
「やぁ、今日も元気そうで何よりだね」
 優雅な仕草で持っていたカップをソーサーに戻し、カウンター席で絢人が七代に笑いかける。こっちに来ないかい、と手招きを受け、七代が「じゃあ、お邪魔しようかな」とカナエさんを抱えたまま移動する。
 面白くないのは燈治だ。七代の腕の中にいるカナエさんはもちろん、澁川やここにはいない輪はいいのだが、絢人は油断ならないと判断している。絢人は七代に好意を持っているのは明白だ。恐らくは――自分が七代に向けているものと同等の。
「……おい、こっち忘れてるだろう。お前」
 頭をがしがしと掻きながら、燈治はすかさず絢人に釘を刺した。ほっといたら、こっちがおいてきぼりにされかねない。
「おや」とわざとらしく絢人が燈治を見て驚いた振りをする。
「すまない。あまりにも視界の端にいたから気がつかなかったよ」
「……」
 嘘つけ。言外に批難を込めて燈治は睨むが、絢人は素知らぬ顔だ。わかっててやってるんだろう。
 不機嫌に睨む燈治と、涼しく笑う絢人の間に火花が飛ぶ。
「あ、壇はこっちに座ったらどうですか」
 頭上を飛び交う火花に気づかず、七代が絢人とは反対側のスツールをぽんぽんと叩く。
「……」
 無言で燈治は七代の隣に座った。相変わらず絢人は笑っている。カウンターにもたれかけ「今日も洞探索するのかな?」と七代に聞いた。
「ううん。今日はしないんですよ」
「ああ、そうなのかい。残念だな……。出来るなら君の手助けをしたかったのに」
「うん。おれもお願いしたかったけど……」
 ちらりと七代が燈治を横目で見た。
「壇に今日は止めろって言われちゃって」
「ったりまえだろ」
 不満を口にする七代の額を燈治は指で弾くように軽く小突いた。
「お前は無茶しがちなんだ。また体調崩したらうるさいのがいるだろ」
「それはそうですけど」
「それにちゃんと見てなきゃ飯だって満足に食べないからな。こうして俺がちゃんと見てねえと」
「うう……」
 小突かれた額を押さえ、七代は「壇がひどいよカナエさーん」と抱えているカナエさんに嘆いた。きょとんと見上げるその頭に頬を擦り寄せ「おれは早く花札集めようと頑張っているのに」と隣の相棒に文句を呟く。
「どっかの誰かさんがおれに無駄遣いさせようとしてるんだ……」
「ほぉ、何処の誰だか言ってみろよ」
「もーわかってるくせに!」
 むっと七代が声を荒げた。抱きしめる腕に力が篭り、カナエさんが、きゅうん、と鳴いてもがく。
「わっ」
 七代の腕からカナエさんが逃げ出し、奥へ走り去ってしまった。呼び止めかけた手が、ゆっくり下ろされる。
「逃げられた……。もー、壇がヤなこというから」
「俺は当然のことを言ったまでだぜ」
 壇が七代の腕を取り、周りを計るように掴み直す。
「大体、お前は細すぎるんだ。ちっとは食べないと、参るのはお前なんだからな」
「……ふふっ」
 大人しく二人のやり取りを見ていた絢人が不意に笑った。終わらないやり取りをしていた二人の眼が同時に絢人へ向けられる。
「いや、すまない」と絢人は緩んだままの口許を左手で隠し、右手を軽く前に出す。
「僕のことはいいから気にせず続きをしてくれて構わないよ」
「い、いや、そんな訳にはいきませんって」
 七代は知らず壇の方へ向けていた身体を、慌てて元に戻した。
「せっかく隣に座ってるんですし、会話においてきぼりでいいとかなしです」
「君は優しいね。……でも」
 絢人は意味深な笑みを七代の横――燈治に投げた。
「壇は君の優しさを僕に向けるのが不服みたいだね」
「……え?」
 戸惑い七代は燈治を見遣る。反射的に視線を反らす燈治に、眉を寄せ、どういうことか、と首を捻る。
「残念だけど、これは僕からの口じゃ答えられないかな」 絢人が諸手をあげて、ゆっくり首を振った。
「報酬を、と言っても君は僕を殴ってくれないだろうし。その前に壇から殴られそうだ」
「壇の場合は報酬にならないんだっけ?」
「僕が殴られて楽しいのは、女性や――君のような美しい人だけさ」
「お、おれを美しい人に入れるのは無理があると思いますけど」
 困惑して首を振る七代に「その困ったような表情も美しいね」と絢人は追い打ちをかけた。さらに七代の眉が寄り、燈治を振り向く。
 和みかけた空気が、また緊張を孕む。
「お前な――」
 七代を困らせる絢人を諌めようと、燈治が口を出しかけた時。
「――やっぱり千馗サンだっ!」
 扉が勢いよく開いて、騒々しくまたドッグタグの常連客が飛び込んできた。揺れる帽子を手で押さえ、見つけた千馗の背中に突撃する。
「わっ」と後ろからの攻撃に、千馗はカウンターに手をついて、衝撃に耐えた。絢人の眼がやってきた賑やかさに細まり、燈治が驚いて腰を浮かす。
「……輪、千馗くんがいて嬉しいのはわかるけど、そんな風にぶつかったら危ないだろう?」
 やんわりと注意する絢人に、一瞬言葉に詰まった輪が頬を赤らめ反論する。
「う、うるさいっ! いいだろ、嬉しかったんだからっ!」
「はいはい。マスターに怒られない程度にね」
「……千馗サン、あっち行こうっ」
 ぐい、とベストを引っ張る輪に素直に七代が頷き「ちょっと行ってきますね」と席を立つ。七代は子供に弱い。燈治も輪なら大丈夫だろうと浮いていた腰をスツールへ戻した。
 真ん中が空席になったカウンターの一角。燈治のところだけ、妙に空気が緊張している。それを知っているだろうに、絢人が先に沈黙を破った。
「……君は美しくないけれど、面白いひとではあるね」
「どういう意味だよ」
「母親の如く面倒見がいいかと思えば、千馗くんに近づく輩には彼を護る忠犬のように牙を向ける。君としては相棒のように彼を守ってるつもりなんだろうけど」
 カウンターに置いた両手の指を組み、愉快に口許を上げ絢人は笑う。
「君の嫉妬は、きちんと彼に愛を告白してからするのが筋じゃないかい?」
「――!?」
 痛いところを突かれ、燈治が硬直した。
 絢人の言葉通り、燈治は七代に想いを伝えてなければ、向こうがこちらを本当はどう思っているか知らない。ただでさえ、七代の周りには自然に人が集まる。いつ誰かに七代の隣を取られるのかと思うと、気が気でない時だってある。
「まあ、君がそのまま言わないのならそれでも構わない。だけどあまりもたついて誰かに取られても、僕は知らないよ」
 涼しく言う絢人に「……余計な世話だ」と苦々しく燈治は吐き捨てた。そんなの自分がよく認識している。
「……出来たぞ」
 厨房から出てきた澁川が、七代と燈治の注文を持ってきた。甘い匂いに輪に連れられていった七代が歓声を上げる。僕も一緒の頼むからここで一緒に食べよう、と輪が言っているのが聞こえた。
「ほら、さっそく輪に取られたね、千馗くん」
 面白そうに笑う絢人を「……うるさい」と燈治が睨んだ。
「……カレーだ」
 ささくれ立つ燈治の前に、澁川が出来立てのカレーライスを置いた。続けて隣に頼んでいないコーヒーを添える。
 怪訝に見上げる燈治を、澁川は「奢りだ」慰めるように言った。
 自分の気持ちが第三者にことごとく見透かされている現状。本人が気づくのはまだまだ先の話になりそうだと燈治は肩を落とした。
「ま、遠くから応援してはあげるから」
「……いらねーよ!」
 それこそ余計なお世話だと吐き捨て、燈治はがぶ飲みすべく奢りのコーヒーに手を伸ばした。


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