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小話色々。只今つり球アキハルを多く投下中です、その他デビサバ2ジュンゴ主、ものはら壇主、ぺよん花主などなど
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 部活を終えた長英は、身につけていた防具の片づけだけを慌てて済ませ、急いで剣道着の七代の元に向かった。もつれそうになってしまった足取りに「転ぶなよ部長」と後ろから部員の一人の声が飛ぶ。だが長英にはそれすら気に留める余裕がない。
「お待たせしてすいやせん!」
「あ、終わったんですか?」
 武道場の隅で、立てた膝にスケッチブックを乗せた状態で座っている七代が、顔を上げた。走ってくる長英の姿に絵を描く手を止め「お疲れさまです」と労う。
「すいやせん千馗兄ィ。お待たせしおって……」
 正座し、頭を下げて謝る長英に「そんなの気にしなくていいのに」と七代が言った。
「こっちこそごめんなさい。部活見せてほしい、だなんていきなりわがまま言っちゃって。それで部員の人に何か言われたりしたらちゃんと言ってくださいね。おれがわがまま言ったからってちゃんと説明しますから」
「いや、そがぁなこたぁありません! 他の部員も千馗兄ィのこと、歓迎しとりますけぇ」
 長英を始めとする剣道部員は、部長を窮地から救った七代たちに恩を持っている。だから、たかが部活の見学ぐらいで嫌がる者は一人たりとしていない。それだけじゃなく、片づけはこっちでやるから部長は早く先輩の所へいけ、と言われたほどだ。
「千馗兄ィが邪魔なことは決してありゃあしませんけんの。千馗兄ィさえよければまた来てつかぁさい」
「ありがとう、長英」
 嬉しそうな七代の笑みに、長英は見惚れてしまった。
 負けを恐れていた心に渇を入れ、立ち直らせてくれた恩人。どんなに情けないところを見られても、決して軽蔑しなかった先輩。この人の傍にいて、何度救われた気持ちになっただろう。今、この瞬間にも。
「あ……、そうだこれ」
 七代が、スケッチブックのページを開いたまま、長英に差し出した。
「今日のお礼代わりってほどじゃないですけど、描いたので見ていただけたらなと」
「こ、これは……」
 受け取ったスケッチブックに描かれたものを見て、長英は呆然とした。竹刀を手に、部活に打ち込む自身の姿が描かれている。
「わしを、描いてくれたんか?」
「他に誰に見えるんですか?」
「わしゃあ、こんなに格好よくないと思うんじゃが……」
「おれの目にはこう見えたんですけどねえ」
 持っていたえんぴつを顎に当て「それともおれの言葉を信じられないんですか」と七代が唇を尖らせた。
「いいや、そがぁなことありません!」
 長英は首を大きく横に振った。
「ただ……わしの姿が千馗兄ィから見たらこげに格好よぉうつっとるのが恐れ多い気がするんじゃ」
 長英は自分がまだまだ未熟だと自覚していた。だからこそ、この絵に描かれている姿は、七代が賞賛しすぎているように思えてしまう。自分はまだ、こんな風に描かれる人間ではない。
「わしゃあ、自分が弱いせいで呪言花札にとりつかれて、部の者を傷つけてしもうた。じゃから……」
「……胸張っていいんですよ、長英はもっと」
 鉛筆を床に置き、七代はスケッチブックを持つ長英の手に自分の掌を重ねた。
「確かに、長英が事件を起こした事実は変わらない。けれど、ちゃんと今だって部員はだれも長英から離れていない。それって、長英を部長として信頼できるから何じゃないですか? もしそうじゃなかったら、とっくに剣道部は廃れていますよ」
 まっすぐ長英の眼を見つめ、七代ははっきり聞こえるように言った。
「だけどこうして剣道部は今日も部活に精を出しているし、長英だって部長として頑張っている。おれはそういうの、とてもかっこよいと思います」
「……か、千馗兄ィ」
「自信もって、いいんですよ」
 長英は感激のあまり言葉に詰まった口を噛んだ。
 七代の言葉が、胸にしみる。なんて返せばいいか、剣道ばかり打ち込んできた長英はうまい言葉が思い浮かばなかった。
 とても嬉しい。尊敬している先輩。いつかはこの人のためになることをしたいとずっと心を決めている存在。そんな憧れの人に、かっこいい、だなんて。
 長英はスケッチブックを押しつけるように七代へ返し、拳を振るわせて立ち上がった。嬉しすぎて、嬉しすぎて、もうじっとしていられない。
「わしゃあ、わしゃあ……幸せモンじゃあああああ――!!」
 沸き上がる感情のまま、長英は走り出した。七代の「ちょ……長英!?」と驚く声が聞こえたが、長英は走ることを止められなかった。
 止まってしまったら、嬉しさに倒れてしまいそうだから。


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