[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。
「ハル。今日アキラ戻ってくるの、かなり遅いよ」
日付が変わるころになってもリビングのソファに寝そべり、テレビを見ているハルに「朝には戻ってるだろうし、部屋で寝てろよ」とユキが促す。いつもならもうハルはとっくに寝ている時間だ。
しかしハルはテレビに視線を固定したまま「おきてる」と聞かない。
「アキラが戻ってくるまで待ってるもん」
「寝不足になったら辛いのはハルだぞ」
「いーもん」
「……ったく」
ユキはゆっくり首をふった。一度言い出したら聞かないんだから、コイツ。早々に諦めが立ち、ソファ横の押入れを開けた。ブランケットを取りだし、ハルにかける。
「ユキ?」
身体をふんわり包み込む感触に、ようやくハルがユキを振り返った。
「このまんまじゃ風邪ひくだろ。アキラが戻ってきたら心配するぞ」
「ユキも、心配する?」
「あったりまえだろ」
ユキにとってハルは友達であり、家族そのものだ。ケイトが身体の調子を崩した時と同じように、ハルも元気がなくなったら、胸が苦しくなる。
「ありがとうユキ。あったかいよ」
寝返りを打って、ハルはブランケットの柔らかさを堪能する。芋虫みたいに丸くなる姿は、まだまだ幼い子供のようだ。だからついつい心配しちゃうのかも、とユキは自分の心情に納得する。
「ちゃんとアキラが戻ってきたら、すぐに寝ろよ」
「うん」
頷くハルの目は、よく観察するととろんとしている。傍にいて、寝たら部屋まで運ぶかな。そう思いながら、ユキはソファ近くのスツールを引き寄せて座った。せめてアキラが早く帰ってきますようにと願いながら。
20のお願い(6、心配させないでください)
ユキにとって、アキラは友達だ。だけど同時に大人なんだよな、と言う意識を持っていた。年齢はもちろん、もともとの立場も違うし、しっかりと自立している。鍛えている身体も筋肉がついていて、ちょっと羨ましい。こっちも釣りや船長の船でのバイトで体力はついてきた。けれど、アキラみたいになるにはまだほど遠い。
DUCKにつかまったハルを助けた雄姿は、とてもかっこよかった。
どんな風に頑張ったら、あんな大人になれるんだろう。
ヘミングウェイのバイトにきたユキは、テーブル席に座るアキラを見つけた。チャイを傍らに、雑誌を開いてうんうん唸っている。すぐ横のストールで羽を休めているタピオカが「ぐぁ」とアキラの代わりにユキへ挨拶をした。
「こんにちは、タピオカ」
挨拶を返してから、バックルームでエプロンをつけて、再び店内へ。
今日は平日だからか、来店客は少ない。カフェスペースにはアキラとタピオカ。釣り具売り場では唯一の来店客に対し、海咲の薀蓄がさく裂していた。彼女に釣りのなんたるかを尋ねたら、一が十になってかえってくる。あのお客さん、大変そうだな。ユキは顔も知らない客に対し、心の中で合掌する。
「ユキ。すまないがタピオカにハムの追加を頼む」
雑誌から顔をあげたアキラからの注文に「うん、わかった」とユキは早速準備する。冷蔵庫の中にあるサンドイッチ用のハムを取出し、薄切りにする。それを綺麗に皿へ並べ「おまたせ」とアキラとタピオカのいるテーブルへ運んだ。
「悪いが床に置いてくれ。後はタピオカが自分で食べるから。それでいいかタピオカ」
「グワっ」
床にハムの皿が置かれると、タピオカは軽やかに音を立てず降り立った。ハムをくちばしでつつき、器用に一枚ずつ味わっていく。
羽を広げ「グワっ」とひと鳴きするタピオカに「どういたしまして」とユキは笑顔で応えた。ほんの簡単なやり取りならユキでも可能になってきた。アキラほどの意思疎通は無理だけど。
「アキラ。真剣な顔して何を読んでるの?」
尋ねたユキに「ん。……ああ、ちょっとな」とアキラは歯切れ悪い。
「そうだ。この際お前に聞こう。この件に一番詳しいのはお前だし」
「ええっ? どういうことだよ」
アキラより俺が詳しいことってなにかあったっけ。ユキには見当がつかない。釣りだってアキラが先輩だし、他の知識も長く生きている分、アキラのほうが豊富だ。
「実はいま、悩んでいるんだ。その……ハルのことで」
「ハルの?」
「アイツにプレゼントをするなら、どのようなものが一番いいのか……」
「どうしていきなりプレゼント?」
「そりゃ……決まってるだろ。ポイント稼ぎだよ。ちょっとはこっちの印象もマシになってるだろうが、お前や夏樹と比べたら、好感度とか足りないだろう」
「だからプレゼントでハルの気を引こうってことか」
「呆れただろ、お前」
「そりゃそうだよ。どうして好感度が足りない、とかポイント稼ぎ、とか考えちゃうんだよ」
「悪かったな。こっちは生憎そういうのが身に染みてるんだよ。DUCKではどれだけ宇宙人の情報を集めたか、そのポイントで月々の成績が決まるんだ」
渋い顔をするアキラを「サラリーマンみたいだね……」とユキは同情する。
「でもさ、ハル相手に、プレゼントでポイント稼ぎとか考えるだけ無駄だと思うよ。ハルの場合、プレゼントの中身よりも、誰にもらったか、の方が重要だと思う。そりゃ多少の好みはあると思うけど。アキラの場合、絶対ハルの嫌いなもの贈ったりしないよな」
「当たり前だ。だからこうして考えてるんだろ?」
「その気持ちだけでもハルは十分喜んでくれるって」
ユキの言葉に、アキラはいぶかしい視線を送る。慎重すぎるなあ、とユキはさらにひと押しした。
「それにさ、ハルは本当にアキラがいやだったら近づきすらしないと思うよ。でもこの前一緒に釣りをしてたじゃないか。ハル、嬉しそうだったろ」
「あ、ああ……。俺の釣ったシーバス見て喜んでたな」
「だったら大丈夫だよ。ハルはアキラのプレゼント喜んでくれるって。ううん、プレゼントしなくてもその時みたいに、釣りに連れて行くだけでも十分だよ。俺から見ても、アキラと一緒にいるハル、とても楽しそうだし」
「俺といるハルが、楽し、そう……」
ぼっとアキラの頬がひと目でわかるぐらいに赤くなった。考えなくても、アキラがとても嬉しくなっていると判別できる。無意識に緩む頬につられ、ユキもにこりと笑った。タピオカも「よかったな」と言っているように鳴いた。
一人と一匹の暖かな視線に気づき、表情を引き締めたアキラはわざとらしく大きな咳をした。
「別に俺は嬉しくなんか……」
「はいはい」
「なんだよその言い方! あーもう、忘れろ! このことは忘れろよ!!」
むきになっていい返し、アキラはチャイをがぶ飲みする。いつもの落ち着いた大人の風貌はなかった。
アキラは大人だけど、かわいいところもあるんだな。新たな一面を発見に、ユキはタピオカと目を合わせ、こっそり笑いあう。でもやっぱりアキラみたいな大人になりたい気持ちは変わらない。悩んだり、立ち止まったりしても諦めない。そんな風に大きくなりたい、と赤らんだ頬はそのままにまた悩むアキラを見て、再認識した。
20のお願い(5、忘れてください)
着信画面を見るなり、アキラは電源を切ってしまいたくなった。
スマホの画面に表示されているのは、ジョージ・エース。アキラの上司だ。両手でピースを作っているふざけた画像は、見るだけで脱力してしまう。これがDUCKの全てをまとめる上官の一人だと思うと複雑だ。
スマホを持ったまま、出るかどうかアキラは一瞬躊躇した。しかし着信は鳴り止まない。
アキラは観念し、スマホを耳に当てた。
「ずいぶん出るのが遅かったな、ヤマーダ」
「申し訳ありません。少し手が離せなかったもので」
「そうか。てっきり私はヤマーダに着信を拒否されたものかとばかり思っていたが、杞憂だったようだな」
わかってて言ってるな。アキラは内心舌打ちをする。絶対こっちが出ようかどうか迷っているのを見通している。
「そんなことありませんよ。なんせ、貴方はDUCKの幹部。私如きが貴方の着信を拒否するわけないじゃないですか。ジョージ・エース」
「ほう。そう評価してくれるかヤマーダ。てっきり私はお前に少し鬱陶しがられているとばかり思っていたが……どうやら不要な心配のようだな」
「もちろん」
笑顔で言うアキラは、早く着信を終わらせたかった。この後ハルを連れてドライブに行くのだ。今頃準備を済ませて待っているだろう恋人の元に急ぐため「それで用件はなんですか?」と手短に尋ねる。
「ああ、お前とJF1のことについてだが――」
「それでしたら、俺は考えを曲げるつもりはありません」
穏やかな声がうってかわって冷えた。ジョージ・エースはアキラとハルの交際を黙認しているが、他の上層部はあまり面白くないらしい。時たまハルも宇宙人として、DUCKで捕獲するべきだとつまらない棘をさす。
「誤解しないでほしい。わかっているだろう。私は別にとやかく言うつもりはない」
ジョージ・エースは口調を乱さず「ただ、心配はしているのだ。お前とJF1のことをな」とアキラを宥める。
「はぁ……。それで?」
「これからお前たちのところに行こうと思う」
「は?」
「そしてその様子をつぶさに観察し、他の幹部に伝えようと思う。なに、お前の仲睦まじさを見せつけてやれば、アイツらもあきらめるだろう」
「別に必要ありません」
言いたい奴には言わせておけ。多少の妨害なんぞぶっとばしてやる。いざとなったら、DUCKをやめてしまってもかまわない。ハルと想いが通じ合った時からアキラはそう、覚悟を決めている。
ジョージ・エースの気遣いは野暮に近い。
「だから貴方が来る必要は――」
「ああ、言っておくが、もう江ノ島まで来ているからな」
「へっ!?」
「あと十数分もすればつくだろう。なに、遠くから見守っているだけだから、お前はいつも通りにJF1と接していろ」
「そういうのはせめて事前に言うべきでしょうがアンタ!」
突拍子もない上司の行動に、アキラは敬語も忘れて怒鳴った。しかしスマホの向こうからは、ジョージ・エースがアキラの怒りを受け流すように笑う。
アキラは無言で通話を切った。そして急いでハルがいる待ち合わせ場所に向かう。今日はドライブはお預けだ。見られるとわかっていて、行けるか。
さてどうハルを説得しようか。アキラはいきなり降ってわいた災難に、頭を悩ませた。
20のお願い(4、せめて事前に言ってください)
釣りをしていると突然ハルが「ねえアキラって、カレー以外にどんな食べ物が好き?」と尋ねてきた。
「どうした、急に」
アキラは、海面に沈んだルアーから目をそらさない。すっかりアングラーの表情になっていて、魚がかかる瞬間をじっと待っていた。
「んーとね、知りたいから!」
アキラのクーラーボックスを椅子代わりに座り、ハルは「ねえ、アキラ。教えてよー」と回答をねだる。答えなければずっと駄々をこねそうなハルに「……タピオカだ」と手短に答えた。
「えっ、タピオカ食べちゃうの? ハムあげてるのはいつかアキラが食べちゃうため!?」
「ちっがう! アヒルのじゃない! デザートの方のタピオカだ!」
「……そうなの? なんで?」
「食感が好きだからだ。飽きが来ないんだよ」
「へ~ぇ……」
納得したように頷いたハルは「じゃあ、嫌いな食べ物は?」と新たな質問をぶつける。
いつにないハルの様子を訝しみつつアキラは「納豆だ。食感が気に食わん」と答えた。あの、ねばねばした感触を思い出すと、げんなりしてしまう。
「じゃあじゃあ次は――」
ハルはにこにこと笑いながら、次から次へ質問をアキラにした。誕生日。血液型。江ノ島に来る前はどこにいたか。
「……ハル。ちょっと待て」
ぷつりと集中力が途切れ、アキラはルアーを巻き戻した。まさかの質問ぜめに、面喰ってしまう。
「さっきからどうしたんだ。そんなことを聞いて」
「アキラは、宇宙人のこと調べてるんだよね。ぼくのこともそうなんでしょ?」
「ま、まあ一応、な」
アキラが所属している組織、DUCKでは地球にやってくる異星人を調査捕獲している。本部に戻れば、世界中に設置されている支部よりなんて比べ物にならない量の資料がつめこまれていた。
ハルの情報ももちろん、そこに含まれている。とはいっても生態に類するもので、プライベートにかかわるものはない。
「だから、ぼくもアキラのこと知りたいなーって思ったんだ。アキラはぼくのこと知ってるのに、ぼくはアキラのこと知らないのって、ちょっとずるいし」
「ずるいって……こっちは仕事」
「しりたいのー! 教えてよもー!」
ハルは不平等に頬を膨らませる。拗ね気味の顔に「悪い悪い」とアキラは肩を竦めて謝った。しかし言葉に反して、声音はちっとも悪びれていない。
「で、俺のあれそれ知ってどうなんだ? 嬉しいか?」
「うん、うれしい! ねえねえ今度一緒にタピオカ食べようよ。ぼくまだ食べたことないんだ~」
予定を勝手に決めて、ハルはすぐその気になってしまったようだ。タピオカタピオカ、とリズムに乗せて口ずさむ。
「……まあ、デートになるからいいか」
気持ちを切り替え、アキラは再びロッドを構えた。ルアーが空を切るように飛び、海面へ吸い込まれるように落ちていく。
アキラの表情がアングラーへ切り替わる。その横で、ハルは次にどんな質問をしようか、楽しそうに考えているようだった。
20のお願い(3.教えてください)
弱火で煮込んでいたカレーを掻き混ぜ、少量を小皿にとった。味を見て、頷く。やっぱりカレーは時間をかけたほうが美味しくなるもんだ。
丸い器型にかたどったご飯を皿に盛り付け、カレーをかける。皿を汚さないよう、丁寧に。そして、半熟に固まった目玉焼きをご飯の上に乗せた。
仕上げに、カレーの上へしらすをかけ、アキラ特製のしらすカレーが完成した。
「ほら、出来たぞ」
あわせて作っておいたラッシーもお盆に乗せ、アキラはダイニングに移動する。テーブルには、スプーンを持ったハルが、今か今かとしらすカレーの到着を待っていた。目の前に置かれたしらすカレーの美味しそうな香辛料の香りに「わーい!」と両手を上げて歓声を上げる。
「しっかし……お前しらすカレーは『ない』んじゃなかったのか?」
あまりの喜びようにアキラは苦笑しながら、ハルの向かい側の席へとついた。ユキからしっかり聞いている。しらすカレーの名前を見るなり「ないな」と真顔で切って捨てた、と。だからアキラはハルにしらすカレーを振舞ったりはしなかった。ハルにとって、しらすとカレーの組み合わせがないのなら、わざわざ作ることもあるまい。苦手なものを出して評価を下げたくない考えもあった。
まさかハルからのリクエストが来るとは、な。アキラは頬杖をついて、さっそくご飯の山を崩し、カレーと合わせて口に運ぶハルを眺める。
「食べたいって言ったからには、残さず全部ちゃんと食えよ? お前のために愛情込めて煮込んでやったんだからな」
「愛情? ……うん、残さず食べる」
ハルは表情を緩ませる。それだけで、アキラは作った甲斐があった、と思った。
「いっただっきまーす!」
大きな口を開け、ハルはひと口目をほお張る。よく噛んで飲み込み、そしてにっこり笑った。
「アキラのカレーおいしーい! しらすカレーは『ないな』、じゃなかったなぁ」
「当たり前だろ。俺が作ったカレーなんだから」
「アキラの愛情がたくさん入ってるからだよね~」
「……そうだ。だからちゃんと食えよ」
「はーい!」
ハルが元気な返事がすぐに返した。アキラはどんどんカレーを平らげていくハルに目を細める。今度はもっと凝った味付けにしてみようか。そんなことを考え、次に作る時のことを思った。
20のお願い(2.全部食べてください)
03 | 2025/04 | 05 |
S | M | T | W | T | F | S |
---|---|---|---|---|---|---|
1 | 2 | 3 | 4 | 5 | ||
6 | 7 | 8 | 9 | 10 | 11 | 12 |
13 | 14 | 15 | 16 | 17 | 18 | 19 |
20 | 21 | 22 | 23 | 24 | 25 | 26 |
27 | 28 | 29 | 30 |