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20のお願い(1 大人しくしてください)
ホテルの部屋には、ダブルサイズのベッドがあった。それを見つけるなり、ハルの眼がたちまち輝く。面白そうなおもちゃを見つけた顔だ。
「ぴょーん!」
叫ぶなり、ハルがベッドに向かってジャンプした。身体が跳ねて、整えられて客を待っていたベッドのシーツがどんどん乱れていく。
「こら、ハル! 大人しくしてなさい。隣に迷惑だろ」
アキラは部屋の隅に荷物を置いて、ベッドの柔らかさを堪能するハルの頭を軽く叩いた。
「まったく、大人しくしないなら、今度から連れていかないぞ」
「ごめんごめーん!」
ハルはベッドの上にちょこんと座り直し、軽い調子で謝った。これは本心から悪いと思っていないな。アキラは小さくため息をつく。細かいところはあまり気にしないハルらしいか。
「ねー、アキラ! お風呂も広い! すっごくキレイ! すごいね~」
初めて訪れた部屋に、興奮しているのかハルは部屋の色んなところを探り出す。どたばたとハルの歩く音や、扉やクローゼットを開け閉めする音が部屋に響く。どうやらさっき言ったことをもう忘れたらしい。
さて、どうしたら大人しくなってくれるものか。アキラはまたため息を吐きながら、締めていたネクタイを緩め、思案した。
とりあえず、甘いもので釣ってみようか。
いかに恋人の気を引こうか考えるアキラの気分は、さしずめアングラーだった。
名古屋にある公園で純吾が猫と戯れていた。どこからともなくあらわれる猫の多さに、大地は思わず驚いてしまう。どんだけ懐かれてんの、猫に。
どの猫も純吾に対して甘えた声で鳴き、身体をすり寄らせる。純吾は小さく口元をあげて、しゃがんだ。そして平等にその頭や毛並みを柔らかい手つきでなでる。なでられた猫はみな、目を細め尻尾を揺らす。中には転がって腹を見せ、従順ぶりを発揮した。
「さすがはジュンゴ。名古屋中の猫を手なずけられそうだな」
「ん……。名古屋中の猫、ジュンゴも撫でてみたいな」
「やー、でもそれはそれでちょい怖いかも」
純吾を中心に大量の猫が集まる様子を思い浮かべた大地の笑顔が引きつった。自分で言っておいてなんだけど、ちょっと怖い。でも純吾は喜びそうだよな
「にしても幸せそうだな、ジュンゴ」
「ジュンゴ、猫好き。かわいくて、あったかい」
純吾は黒猫を抱き上げる。優しく胸に抱き、背中をいとおしくさする。
「でも最近は、うさぎさんもすき」
「兎? へー、そうなんだ」
「うん、いつでも元気いっぱいに飛び跳ねてて」
「ふんふん」
「たくさんご飯食べてて」
「へえへえ」
「この前も、ジュンゴの茶わん蒸し、一番おいしいって言ってくれた」
「ほうほう……って、んん?」
兎って茶わん蒸し食べれるのか、ってかおいしいって兎が言ったのか。大地は違和感がした。どうも純吾と認識の違いが生じているようだ。
「髪の毛もふわふわで……、ずっと触っていたいけど、怒られるからちょっとさみしい」
とつとつと語る純吾を「ちょっとタンマ」と大地が手で制した。
「どうしたのダイチ?」
「つかぬ事をお聞きしますけど。ジュンゴの言ってるうさぎって、うさぎじゃないよね。うさぎっぽいフードかぶってるアイツのことだよな、な」
「うん、そう。ユウキはうさぎさんみたい。着ている服もうさぎさん。だから最近うさぎさんも気になってる。……ユウキ、大学まだ終わらないのかな。ジュンゴ、ユウキに会いたい」
抱きしめる猫の身体に鼻を埋め、純吾はここにはいない相手に思いを募らせる。優輝は今、ジプスから任せられた用事を済ませるため、ターミナルから大阪に行っている。帰りはもうしばらくかかるとさっき連絡が入り、二人は優輝の帰りを待っているところだった。
「うさぎさんもふもふしたら、ユウキに会えなくてさみしいの、消えるかな?」
「どうだろなー。多分ユウキは、うさぎを俺代わりにするな、っていいそうだよな。アイツあれで寂しがり屋だから。身代わり作られちゃ、多分すねそうだし」
部屋の隅で背中を丸め、壁に向かって座る優輝の姿が大地の脳裏に浮かぶ。
「もうちょっとで戻ってくるだろうから、それまで我慢してようぜ」
「ん。時には我慢も大切だって、オトメ言ってた。だからジュンゴ、ガマンする。ユウキ戻ってきたら、ユウキをよしよしする」
「おお、そうしろそうしろ。暴れるだろうけど、俺はジュンゴを応援しちゃるからな」
「……うん、ジュンゴがんばるね」
意気込む純吾は、抱き上げていた猫をおろした。優輝が戻ってきたときのことを考えているのか、表情は猫を構っている時よりも数倍柔らかく微笑んでいる。きっと優輝以外にはあまり見せない顔だろう。そのせいか、見ているこっちが恥ずかしくなりそうで、妙な照れくささを感じた大地は、目線を純吾から反らした。
真田邸リビング。ソファの上にハルが膝を立てて座っている。その横に、アキラが座っていた。二人の間にはティッシュが数枚端を重ねるように広がっている。
「あんまり伸ばすと誰かが怪我するかもしれないからな。ハルもユキに怪我させるのはいやだろ?」
「うん。ヤだ」
「だからそれを前もって防止するんだ。ハル、手を出してくれ」
「はい」とハルは素直に右手をアキラに出した。その手を取ってみると、爪が大分伸びている。
アキラはテーブルに置いていた爪切りを持つ。
「皮膚を切ってしまうかもしれないから動くなよ」
こくこくと頷くハルの爪を、アキラは丁寧に切っていく。ハルに怪我をさせないよう、細心の注意を払いながら。
ぱちりぱちりと音がする。伸びた爪が、敷かれたティッシュの上へ落ちていった。
一本ずつ爪が整えられていくさまを、ハルは珍しそうに見ている。
「ねえ、アキラ。これでユキが怪我したりしない?」
「まあお前の伸びすぎた爪ですることはないな。だが、また伸びてくるだろうからさっきの長さになったらまた言えよ」
「アキラが切ってくれるの?」
「ああ」
「でもアキラ、任務でいないときもある。そんな時はどうしたらいい?」
「……それでも連絡しろ。飛んできてやるよ」
「本当?」
ハルがうつむきがちで爪を切るアキラを見た。
「でもタイヘンじゃない? ユキ言ってたよ。アキラは地球のあっちこっちに行ってるって。地球はおっきい。戻ってくるの、タイヘンだよ」
「それでも、だ。俺に言え」
アキラはハルに念押しする。最近ハルの面倒を見てばかりで、他のやつらにされるのが癪に思えてきた。だったら多少の苦労がなんだ。それぐらい背負ってやるさ。それで、ハルの近くにいられるならな。
「そっか。うん、わかった。また伸びてきたらアキラに言うね」
「それでいい。――終わったぞ」
アキラは爪切りをテーブルに置いた。続いて爪やすりで形を整えられ、ハルの指先は綺麗になっていく。最後に切られた爪を丸めたティッシュもろともごみ箱に捨てられ、作業は終わった。
「ありがとう、アキラ」
礼を言ってはにかむハルに「どういたしまして」とアキラも微笑む。
「それに、これは俺の為でもあるからな」
「アキラのため?」
「ああ、何度も背中を引っ掻かれちゃ、治るものも治らないし、な」
後ろ手に背中をさすり、アキラは含み笑う。
「背中?」とハルは首をひねる。無意識だから、覚えてないのは当然だ。俺を受け入れる時の苦しさで、しがみつくのでもう必死だろうし。
「なんでもない」とアキラは笑う。
「それと、約束だからな。ちゃんと俺を呼べよ。他の奴にさせるなよ」
「わかった!」
元気よく返事をするハルに、アキラも自然な笑顔を浮かべた。
5つの甘やかし【5、ツメを切ってあげる】
朝食を終えたアキラは、英字新聞を片手にサンルームのチェアに座った。テーブルにはケイトが淹れてくれたコーヒー。香ばしい匂いと湯気が立つそれを飲みながら新聞を読むのが、最近の習慣だった。
今日もさっそく開いた新聞に目を通そうとした。しかしいきなり庭へ通じる扉が、乱暴な音を立てて開いたので驚いて振り向いた。
「ふ~っ、水やり終了~! 気持ちよかったぁ~!」
濡れた足音を立てて、全身ずぶ濡れのハルが、サンルームに入ってくる。達成感を滲ませた笑顔に、しかしアキラはしかめっ面をする。開いたばかりの新聞を慌てて閉じ、水滴を飛ばすハルから避難させるように横のソファにあるクッションの下に隠した。まだ読んでもいないのに、濡らされてはたまったもんじゃない。
「こらハル。びしょ濡れの格好のままで入るんじゃない」
たしなめるアキラに「ええ~っ」とハルはすっとんきょうな声を上げた。
「だって乾いちゃうもん。スイブンホキュウは大事なんだよ」
「にしても限度があるだろ……」
魚であるハルにとって、乾燥は天敵である。水分が足りなくなるにつれ、体調の悪化も招く。ハルの主張も理解しているが、それでもことあるごとにずぶ濡れになったら、服が足りなくなりそうだ。実際、洗濯物はハルの服が一番多い。
「スイブンホキュウなら、風呂で服を脱いでやれ」
「でも乾きそうだったからし。ホースから水が出てたしぃ」
「なんだその理屈。……ったく」
ため息をつきながらアキラは腰を上げた。ハルに指を突きつけ「そこに立ったままで待ってろよ」と指示し、キッチンへ続く扉の向こうへ消えていく。
ほどなく戻ってきたアキラは手にバスタオルを持って戻ってきた。洗濯したてで綺麗に畳まれていたものを両手で広げ、ハルに近づく。
「せめて中に入っても支障がない程度に身体は拭け」
頭からバスタオルをかぶせられ「うわっ」とハルは驚いた。アキラの手によって、毛先や肌に残る水滴が拭きとられていく。
「もぉ、アキラ! また水がなくなっちゃうからやめてって!」
「もう十分水分取れてるだろ。俺は過剰なものを拭いてやってるだけだ」
「乾いたら、アキラのせいだからね!」
「はいはい」
ハルの抗議をアキラはあっさり流した。手際よく濡れたハルを拭いていくが、服はどうしようもない。
どうするべきか。服を取りに行ってもかまわないが、その隙に逃げたハルがまたずぶ濡れになる可能性もある。かといって濡れた服を着せたままでは風邪をひきかねない。
「……仕方ないか。ハル、ほら服を取りに行くぞ」
「ぼくこれで平気だよ」
「俺が平気じゃない」
「ぶー」
「むくれても無駄だ。行くぞ」
アキラはハルの首にバスタオルをかけ直した。そして細い手首をつかみ、ハルの部屋むかうべくサンルームを出る。たどり着くまでに濡れるだろう床は、仕方ないから後でこちらが拭いておこう。
せっかく淹れてくれたコーヒーが冷めてしまうな。アキラは名残惜しそうにテーブル上のコーヒーを見て残念に思う。新聞だって読めてない。
しかしハルと付き合うには、これぐらいのことたやすく受け止めるぐらいでないと。こいつは宇宙人で無茶苦茶なところがあるから。
せっかくだから俺の見立てで服を選んでやろうか。そんなことを考え口元をあげたアキラは満更でもない表情をしていた。
5つの甘やかし【4、体を拭いてあげる】
アキラはヘミングウェイで持ち込んだパソコンを前に難しい表情をしていた。上司に提出する報告書をまとめているが、どうもうまくまとまらない。かといって手を抜くのはアキラの信条に反している。やれることは非の打ちどころもなく完璧に、だ。
画面を睨みながら、アキラは左手でキーボードを打ち込む。そして右手はパソコンの横に置かれたサンドイッチを取った。作業をしながら食事をすることが多いアキラにとって、サンドイッチは食べやすいものの一つだ。手は汚れないし、作業の邪魔にもならず効率を落とさない。少し行儀は悪いとは思うけど。
一口サンドイッチをかじると、マスタードマヨネーズの辛さが舌を刺激する。具はレタスやトマト、ハム。それにさりげなくしらすが混ざっている。意外にもしらすの塩味がうまく具材の味をひきたてていた。
あっという間にアキラはサンドイッチを一つ平らげる。その間にも左手は滑らかな動きでキーボードを打っていく。やっぱり空腹でいるよりも、腹に何か入れていた方が集中できるな。
さて、もう一つ食べてしまうか。アキラは再び右手を皿へと伸ばし――。
「アキラ、ごはんがくちについてるよ」
逆に口元へ白い肌の手が伸びてきた。相手は言わずともわかる。――ハルだ。
いつの間にか横に立っていたハルは、アキラの口元についていたパンくずを指の背で拭い取った。唖然とするアキラの目の前で、ハルは当たり前のようにそれを食べてしまう。
「おいしーね。ぼくもたーべよっと」
にこりと笑い、ハルはくるりとアキラに背中を向けた。そしてカウンターに駆け寄り「海咲ねえ! ぼくにもアキラと同じのちょーだいっ!」と元気よく注文をする。
「はいはい。待っててねー、今作るから」
「うんっ!」
「………………」
朗らかな海咲と弾むようなハルの声を背中越しに聞きながら、アキラは固まっていた。まさかハルから子供がしてもらうようなことをされてしまうなんて。
かっとアキラの頬が熱くなる。嬉しさよりも、羞恥が勝った脳内は混乱の一途を辿った。なんか、もう、すごい、恥ずかしい……!
その後アキラは仕事に手がつかなくなり、また違った意味で頭を抱えることになる。
そしてうなだれる背中を、タピオカがまるでわが子を見つめる親のような目で見ていたことに、アキラは気づく余裕もなかった。
5つの甘やかし【3、口元を拭いてあげる】
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